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夏 - 10

「ちょーっとみんな、テンション低いんじゃないのー!?」

 三塁側スタンドの中段、水美応援団が陣取るエリアの中で一人の女子生徒が他の生徒達に向けて叫ぶ。「だってねー」

「こんなに点差ついちゃったらねー」

 応援に来た生徒達の中には、早くも大きなビハインドを背負った野球部に落胆し士気を失っている者もいた。

「ったくも~う、私だってショックなんだから~」

 セミロングの髪をカチューシャで留めた、背の高い二年生女子の芹崎京香せりざききょうかは、普段は軽音楽部に属しているが、今日は応援団のまとめ役の一人として参加している。

(本当は今日は曲の練習したかったんだけどな~)

 ちょっと人脈が広くて応援団の先輩と顔見知りだからという理由で誘われなんとなく引き受けてしまったが、士気の下がった人間を盛り上げなくてはならないというのは気が重いものだ。

 野球に詳しくない彼女にしてみればなおのことだろう。

「芹崎ー! バッター変わったから曲名も変えてー!」

「あ、はい~!」

 離れた位置にいる先輩に指示され、慌てて応援歌のタイトルが書かれたスケッチブックをめくる。

 五番稲田がレフト前へのポテンヒットで出塁、六番広岡は一二塁間へのゴロを打つも、スタートを切っていた稲田は二塁へ到達してワンアウトながらチャンスが生まれる。

「ほらほら追い上げるよ~! 声出して!」

 慣れない応援への恥ずかしさもあるのか、スタンドに座る生徒達の声はまだ小さい。

 前途多難だなと思いながら京香はグラウンドに視線をやる。

「ん、あれ、麦根って人じゃ、ない?」

 七番乃村の次のバッターが入るネクストバッターズサークルに現れた選手の姿を見て京香は違和感を覚える。

 確か八番は背番号七の麦根という三年生だった筈だが、今控えているのは背番号二桁の選手だったのだ。

「あの番号の人の曲は……っと、あ~あれか」

 メモを一瞥した京香は、そこでその選手の事を思い出す。

 先週吹奏楽部に演奏してもらう応援歌を応援歌のまとめ役が各学年毎に部員に聞いて回っていた際、二年生の京香は他のまとめ役の女子と共に二年生の教室を回っていた。

 その際なかなか見つからずに探し回って昼休憩終了間際にやっと中庭で友人と談話する彼を捕まえたのが中光雄一という男子だった。

「ね~、何の曲が良いの?」

「あ、ん~別になんでも」

「なんでもじゃ困るんだってば!」

 やる気のなさそうな奴だなと思いながらしつこく言い募ると、ちょうど彼と一緒にいた野球部の乃村が「応援団の女子を困らせたら、植野さんの耳に入っちゃうよ?」

 と諭され彼は渋々自分が打席に立った時に使う曲を考え出す。

「……」

「……~、勝手に決め、」

「分かったって。ん~、じゃあ、祭りの奴で」

 目を合わせようとしないまま、彼はぼそりと答える。

「祭り~? 演歌?」

「それじゃなくて、夏の奴」

 そう付け加えられて、京香も彼の希望の曲に気が付いたのだった。

「あ、打った」

 七番乃村がライト前へ打ち返し、ワンアウト一塁三塁のチャンスが生まれる。

 そして次に打席に向かったのは、やはり麦根ではなく背番号十六の中光雄一。

「つ、次の曲行くよ~!」

 京香はその曲名がかかれたページをめくって出すと、頭上に掲げてスタンドの応援団の生徒達に見せる。

 試合は序盤の山場を迎えていたが、京香は応援団をリードに必死で試合展開はあまり頭に入ってはいなかった。

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