夏 - 9
「南田さん、受けてくれますか」
ベンチから出て行きながら、臣川は不機嫌さを露わにしてそう言った。
「お、おう」
南田は珍しく動揺するような声を漏らしながら、プロテクターをつけて後を追う。
ベンチに残された部員達を包むのは、目に見える程の暗く重い雰囲気、それもその筈だろう。
スコアボードに刻まれる、蒼上の追加点である三の数字。
エース石中が二回で八点を失うなど、チームメイトの誰も予想などしておらず、まさに唖然としていた。
ようやくこの回の攻撃が終わり、守備からスタメンの選手達が戻ってくる。
皆顔をやや下に向けて落ち込んだ様子は隠しきれず、足取りもどことなく重い。
「いやあ、ごめん皆。完全に試合壊してしまった!」
そんな中口を開いたのは石中、他にもない八失点を許してしまったエース本人であった。
深く頭を下げ、歯を食いしばるその姿にチームメイトは皆一言も声を発しようとはしない。
「まぁだ二回やろうに、大仰な奴やのう」
口を動かす事が出来たのは監督の野間笠だけだった。
「ま、確かに球は浮きすぎやなあ」
「はは……すいません」
悪い点をズバリ言われて、石中は頬をひきつらせる。
「おおいお前ら、エースに謝らせといてだんまりしてんなや」
「……っ」
野間笠に指摘され、部員達は我に帰ったように、硬直させていた体を動かし、石中に激励の言葉をかける。
「まだ二回ですよ! 全然いけますって!」
一際大きく声を出したのは二年の旗川、距離が離れていても鼓膜を震わせる彼の声に圧倒され、雄一は圧倒される。
(咄嗟にあんな事、言えねえよ)
励ますと簡単には言うが、落ち込んだ人間に声をかけるというのは勇気がいる。消沈した人間に下手な慰めはかえって逆効果だと、雄一自身もよく分かっていた。
それでも、チーム全体の士気を高めるためには必要な行為でもある。
自分はまだ進んでそういった事をする勇気はない、雄一は奥歯を噛み締めながら、他の部員と共に激励する。
(……それでも、チームの役に立たないと)
ベンチにいる以上、やるべき事はなんでもやる。プレーでもプレー以外でも。
それが必死になるという事なのだろう。
「おっ、いったー!」
そして三回表開始直後、先頭の四番沼山が矢花の緩いカーブを捉えてレフトスタンドに運び、水美の反撃が始まる。




