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春 - 7

 練習を終えた雄一は、グランド端にある手洗い場で顔を水道から直接水を受けて濡らし熱を帯びた頭を冷ます。

「あ」

 ふと横合いから小さな声が聞こえ、反射的に彼の目がそちらへ向いた。

「…ども」

 立っていたのは先程見かけた陸上部の少女だった。

 さっぱりとしたショートカットと落ち着きのある目、クールというより無愛想な感じの冷めた表情で、小さく頭を縦に振る彼女に、雄一も「ウッス」とはっきりしない声で返す。

「なんか、余裕ですね」

 雄一から二つ離れた水道で顔を洗う直前、彼女は小さくそう呟いた。

「何が?」

「いえ、走り方とか、バットの振り方見て、なんとなくそう思ったんで」

 この女子は俺が練習しているのを見ていたのか?と眉を潜める雄一。だとすればサボっているのを咎めようとしてきているのだろうか。

 冷めた喋り方もそのせいかもしれない。

「あ~、要領よくやってるんだよ」

 あくまで真面目にやっているのをアピールするために適当に言い訳してみる。「? 手を抜いているんじゃないんですか」

「ちげえ、常に全力だとバテるだろ。全力を出す所を考えて練習してたんだよ」 「全力を出したり出さなかったり? 器用なんですね」

 彼女の言い方にはどことなく棘があり、あまり雄一に対して良い印象は持っていないようだった。

「最初から最後まで本気で走ったら疲れるだろ、無駄な頑張りは逆効果だって」 「無駄?」

 冷たい彼女の表情がピキリと引きつった。

「そっちは熱心にやってるみたいだな、うちの陸上部で朝から走り込んでる奴なんて基本みないぞ」

「…練習頑張るのは当たり前ですから」

「飽きないのか?ひたすら走るだけって」

「……」

 気のせいか、彼女の眉間が一瞬だけ険しくなったような気がした。

「…走ってるだけだと思ってんの」

「?」

「まあ先輩のしてる野球って、何回も結果を残せるチャンスがありますものね。3回見逃しても1回打てば良いんですし」

 なんだか野球を馬鹿にされた気がして、カチンと来る雄一。

「そんな簡単なら苦労してねぇよ、走るだけじゃないんだからよ」

 直後早希が余計に目つきを鋭くして睨んできた。

「…普段から手を抜いても活躍出来るんですか、野球って」

 早希はそう言うと、勢い良く水で顔を洗ってから足早に立ち去ろうとする。「おい!」

 雄一は柄にもなく声量を上げて、思わず彼女は呼び止めていた。

「…何ですか」

 足を止めるその子の言葉はとにかく冷たい。その理由が分からない雄一は、それでも呼び止めてしまった自分を恨みながら、

「…別に陸上を馬鹿にした訳じゃないからな」

 彼女に対する自分の言葉に何か誤解されるような事でもあったのだろうと思い、とりあえず弁明した。

「…いえ、大丈夫です」

  答えになっているか微妙な返しをして、彼女は今度こそその場を立ち去っていった。

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