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夏 - 8

 大会を控えた六月末のある日、蒼上そうじょう学園のグラウンドには練習を終えた野球部の部員のうちの数人が、ようやく暗くなり出した空の下珍しく自主練に励んでいた。

「っらあ!」

「そらあ!」

 ピッチャー井涯が投じた真っ直ぐを、バッターの劉が豪快にかっ飛ばす。

 打球は高々と上がり、守備についていた外野手の柏木が背走の末キャッチする。

「あ~ちょい芯外してもうたか~」

「馬鹿、今のコース釣り球だぞ」

 キャッチャー黒戸が井涯に返球しながらそう言うと、劉はからから笑いながら、

「いやあ棒球に見えたけん」

「馬鹿にされてんぞ~井涯!」

 セカンド赤崎の煽りにその場にいる部員達が一斉に笑い声を上げる。

「うるせ……うるさいすよ! あかさん!」

「もう少し甘けりゃ抜けたのお! しっかり投げえや」

「もう疲れてんだ……ですよ!」

 ムキになる井涯を面白がる劉、その後ろにウインドブレーカーを着たチームメイトが近寄ってくる。

「そろそろ終わりにしとかないか? 監督に練習終わったら早く帰れって言われたばっかだし」

「分かっとりますよ。けど、なんか落ち着かなくてよ!」

 蒼上野球部はカテゴリーで言えば弱小に当たる、そもそもスポーツが強い学校でもなく、野球を死ぬ気でやりたい奴等が集まっている訳でもない。

 それでも、いやだからこそ野球部の部員達はやる気に満ち溢れていた。

「授業と飯以外は全部野球にかけとる相手と当たる思うと、見返してやりたくなるやろう。なあ井涯!」

 劉がバットで投げるように促すと、井涯は目を険しくしてから全力で投げてくる。

「うっ、らあ!」

 足元の完全なボール球だが、劉は構わず打ち返す。

 ファースト北田が腰を引かせながらもライナーをキャッチし、また部員達から歓声が上がる。

「っ……くそ! また打たれや……打たれた!」

 井涯は悔しさを滲ませるも、ふてくされる様子はない。

 部員の誰もが練習を楽しみながらも全力で励んでいた。

「やる気満々だなーみんな」

「初戦があの水美じゃろう? 強い奴等と試合する思うと、やっぱ高ぶるんじゃろうな」

 劉は矢花の方を見ないままそんな言葉を口にする。

 一方矢花は彼の気力に満ちた姿を眺めながら心の中でこう呟く。

(それはお前の存在のせいでもあるんだぜ?)

 飛び抜けた能力を持つ選手がいない蒼上野球部の中で、劉だけは非凡なセンスと体格を合わせ持っていた。

 彼が試合で活躍する事で他の部員達も、別に勝てなくても良いという気持ちから勝てるのなら勝ちたいという気持ちへと変化し、プレーにも結果にも影響を及ぼすようになっていた。

「今年こそ二回戦突破するけえのう、いくら練習してもしたりんわなあ!」

 グラウンドには部員達の熱気と掛け声、矢花はどことなく冷めた感じでその様子を眺めていると、

「矢花先輩も参加し……してくださいよ!」

 ピッチャーの井涯からやや怒ったようにそんな事を言われた。

「俺? 俺は疲れてるから……」

「先輩一応エースだ……でしょ! やる気見せてください!」

 そーっすよ!と他の部員も続けて声をかけてくる。

「っ……たく、調子の良い奴等だ」

 一年の頃は誰もやる気など並みだったっていうのにこの変わりよう、矢花は苦笑してしまう。

「矢花さん、矢花さんはいつも通りで良いですけん」

 劉はようやく動きを止めてそう言ってくる。

「いつも通り?」

「おう、矢花さんがいつも通り投げて、俺や他の奴等がやる気を出せば案外いけそうって思うけん、じゃから気楽に張り切りましょうや!」

 竹を割ったような気持ちの良い言葉に、矢花はもう一度顔を綻ばせる。

(お前らに任せれば勝てそうな気になる、だから俺は気負わずに投げられるんだよ)

 弱小から抜け出せるかもしれない僅かな希望、それだけが彼等の意識を変え、それが矢花にとって大きな信頼となっていた。


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