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夏 - 7

 ようやく一イニングが終わった時には、先発石中の投球数は三十を超えていた。

「投げ急いだのう石中」

「……はい、すいません」

 いつものにこやかな笑顔に陰りが見えているのも当然だろう、スコアボードに浮かび上がる一回裏の蒼上の得点は五、四番劉に満塁ホームランが飛び出した後も石中の調子は上がらず、連打を浴びてさらに一失点を喫し、早くも荒れた試合展開になってしまった。

 二回の表、すぐさま反撃だとばかりに意気込む水美野球部だったが、相手の矢花の打たせて取るピッチングに苦しみ、ツーアウト一塁三塁のチャンスを作るも三番畑川が外野フライを打ち上げ凡退してしまった。

「ランナーは出てますから、まだまだこれからですよ!」

 重い空気が漂い出した中、雄一の左前に座っていた二年の旗川はたかわが立ち上がっていきなり声を発した。

 続くようにしてベンチメンバー達もレギュラー達を激励する。

「っ……ここから~!」

 タイミングが遅れ情けない声が出る雄一、そんな彼の左腕にコツンと誰かの腕が当たる。

「あ、ごめん」

「あぁ……何やってんだ?」

 当たってきたのは二年の鉄山てつやまで、なにやら両腕を伸ばしてバットを振るような真似をしていた。

「相手のピッチャーの投げるタイミングに合うように、イメトレを」

「イメトレ、ね」

「球自体は凄そうに見えないんだけど。テンポが良いから慌てるよ」

 鉄山の言うとおり、矢花はとにかくポンポンと球を投じてくる。

 投球に迷いを感じられないのも、水美打線が打ちあぐねている理由だろう。「……」

 自分が打席に立ったらどう打ち崩すか、出番が来るまでに対策を思いつかなければ。

 自分は代打要員、何よりもまず打てなければ意味はない。

 雄一は矢花の投球のテンポと球種を思い出して、頭の中でタイミングを図る。「落ち着け石中さーん!」

 ベンチの部員が再びグラウンドに声援を送る、その理由は石中が再びランナーを背負っていたからだ。

 ワンアウト一塁から三番矢花が詰まりながらもレフト前に運び一塁二塁にランナーが溜まり、ピンチを招いてしまった。

(おいおい、俺の出番どうこう考えてる場合かよ)

 エースの乱調、それはチームメイトに大きな動揺をもたらす。

 一発勝負の大会で大事なのは何より試合を壊さない事、そして試合を作るのは言うまでもなくピッチャーだ。

 限られたベンチメンバーにピッチャーは多くはない、故に先発がどれだけ良い投球をするかが鍵になってくる。

 水美が勝つには石中の復調が絶対必要なのだが。


「まずった。完全に」

 マウンド上で石中は緊張で乾いた舌をペロリと出す。

 安定感こそが自分の持ち味だと自負していた、この一年登板した試合で序盤に大量失点した事などなかった。

 だからこそエースナンバーを背負ってきた、打たれた事を引きずって試合を台無しにしてはいけない。

 分かってはいるのだが、

(理由は分からないけど、球があんだけ浮いたらそりゃ打たれるね)

 単純に調子が悪いだけなのだろうが、それを言い訳にはしたくない。

 負ければ高校最後の試合になる、それは石中だけでなく三年生全員がだ。

 打たせない、打たせてはいけない。

 もう何度目か分からない言葉を自分に言い聞かせて、石中は乃村が構えたミットへ球を放る。

(これ以上、やらせないぞ!)

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