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夏 - 4

「ドンマイドンマイ、気にすんなって」

 マウンドを蹴りつける二年生ピッチャーの井涯いがいを宥めるように、ライトを守っていた三年生の矢花やばなが声をかけた。

「~っ、分かってん……ますよ」

「でもさすがは強豪だなー。井涯の真っすぐを普通に打つなんてよ」

「っ、くそ。朝はエンジンがかからねー……ないんですよ」

 ギリギリの敬語で言い訳する井涯だが、悔しさを隠せず顔が歪む。

「まあーだ初回じゃ、またピッチャーするかもしれんじゃろ? やから落胆すな。普段強気なクセによ」

 そんな彼の背中を一発叩いて、きつい喝を入れたのはファーストを守っていた二年生劉恭冶りゅうきょうじ

 体も声もでかい同級生に励まされ、井涯はふてくされながらもライトへ向かう。

「さーて、もっと後半から投げるつもりだったんだけどな」

「しゃあなかろう、相手は強いんじゃし」

「そーだな。でも恭冶、俺は先輩だからもう少し喋り方注意しろよな?」

「今更何言うとんじゃ、一年もタメ口使っとるんに」

「お前を見て真似してるんだろー」

 一方や劉を始め蒼上の選手達は特に三点ビハインドの状況に焦る様子もなく、明るい表情のまま守備に戻っていく。

 それはどうせ弱小が強豪に勝てる訳ないという諦めもないとは言い切れない、勝てなくて当然だと思えばプレッシャーもかかりにくくなるだろう。

 だがそれ以上に、これからマウンドに上がる人間こそが、エースの証である背番号一をつける選手で、信頼を集める者だからという理由もあった。

「さーて、どこまでやれるか、腕試しだなー」

 ピッチャーの矢花は口元をにやりとさせて、ピンチを楽しむように打席を見据えた。


「ピッチャーもう変えてきたわね」

 スコアをつけていたマネージャー植野がグラウンドを見据え、声を漏らす。「右投げで、球はあんま速くない……か」

「稲田は左打ちだから、捉えられると思うが」

 青山と宮原は雄一から離れた所でそう分析している。

「……」

 雄一も特に変わったピッチャーが目を張る投球をしてはいないと思い、気にはしなかった。

 そんな中、五番稲田が打席に入る。

 初球はインコースへのストレート、稲田は少しだけバットを動かすも、胸元厳しい場所に決まるのを見逃すだけ。

 二球目、今度は外へのゆったりとしたカーブ。

 かなり遅い速度だが、ストライクゾーンのすぐ横に。

 ギリギリでボールとなるが、

 (うお、気を削がれるな~)

 稲田は初球とのスピードの差に面を食らう。

 三十キロくらいは違っているんじゃないだろうか。

 そして三球目、またしてもピッチャー矢花はスローカーブを投じてきた。

「んっ……!」

 稲田はまたバットを止めたが、今度はアウトローに決まってストライク。

(狙って投げてんなら、良いコントロールだな~)

 追い込んだ矢花は四球目に高めの釣り球を選ぶが、稲田は見逃しツーツー。

 ランナー沼山が二塁にいてアウトはまだなし、まだ一、二点はこの回に欲しい。

(球威はない、甘く入ったら打つか~)

 そして五球目、外へと逃げるカーブ。

 手を出そうとしたが、僅かに外れると判断して反射的に腕が止まった。

「ストライーク!」

「えっ」

 だが判定はストライク、さっきボールになったコースと同じだと思った稲田だが、仕方なくベンチへと戻っていく。

「一回も、振ってない」

「悪い悪い、コントロールが良いピッチャーに甘い審判かもしれんな~。まあカーブに惑わされないようにな」

 次のバッター広岡にそうアドバイスして稲田はベンチに下がった。

 まだワンアウト、すぐに打ち崩れるだろうと、まだ水美野球部は楽観視していた。

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