夏 - 2
「ふーっ……」
風呂から上がり、淡い緑の寝間着を着てリビングのソファに背を預け、体の火照りを冷ます早希。
「早希ー、ぼーっとしてないでちゃんと勉強するのよ?」
「分かってる」
母親の言葉に素っ気なく返事をしながら、早希はテレビに映るバラエティー番組をなんとなく眺めている。
暦は七月最初の週、あと二週間ほどで夏休みということもあってクラスの誰もがそわそわとしており、早希自身も高校生活最初の夏休みという事もあって内心は気持ちが高ぶっていた。
「戻ったぞ」
と、玄関の方から聞こえてきた男の声、それは早希の父親のものであった。
スーツ姿の父はリビングに入ると、だらけている早希を一瞥して、
「早希、家だからってあまりはしたなく振る舞わないようにしなさい」
「っ、はーい」
渋々早希は座る姿勢を正してテレビの電源をリモコンで切る。
「ところで早希、そろそろ夏休みだが、休み中も部活は毎日あるのか?」
母にスーツと鞄を預け先に風呂に入ると告げながら、父がそう尋ねてくる。「え? いや毎日じゃないけど、どうして?」
「あまり走る事に気を入れすぎないで勉強もちゃんとするんだぞ。期末の結果が悪かったら、走ってる場合じゃないだろうし」
「……分かってる」
早希はつまらなそうに返事をすると、立ち上がって逃げるようにリビングを後にした。自分の部屋に入り、ベッドに背中から倒れ込んでから、早希は一つ溜め息をついて、
「まるで勉強してないみたいに」
これでも期末試験に出る授業の範囲は今の内から復習しているし、別に部活にかまけていた訳でもないのだが、早希の父は勉学について厳しく、成績が落ちるなら部活は辞めろと入学前に言い聞かせてくるぐらいだ。
とはいえ早希も夏休みは部活に多く時間を割けるので、むしろ走る事に集中したいのだが。
「……夏かぁ」
夏休みに入ってすぐ、陸上部は県大会を控えている。
といっても春の地区大会を突破出来たのは三年生の町谷と茶野だけで、後の部員は裏方と応援に徹するのだが、三年生にとっては最後の大会。
自分が出ないとしても、どことなく気負いそうになる。
「そういやあの人も大会だったっけ」
なぜふと思い出したのか、それは今日の放課後の掃除時間、階段を掃除していた早希は偶然野球部のマネージャー円山に出会ったからだ。
「そろそろ夏休みですね!」
開口一番大声で言われ、早希は片目を瞑りながら小さく「そうね」と答えた。「陸上部は夏の大会ってあるんですか?」
「地区を突破した人はね。私はとりあえず夏休みは練習付けかな」
「そうなんですか! キツそうですね~」
「そっち……野球部は?」
思いつく話題もないのでそう切り出してみると、野球部の話が出来るのが嬉しいのか、勝手にベラベラ喋る円山。
手短にまとめると、野球部は夏にある大会がとても大事だという事らしかった。
「夏、か……」
学業から解放される訳ではないが、しかし自由で開放感のある1ヶ月、好き勝手に過ごせるからこそ大切な期間をどう過ごすべきか、早希は風呂上がりの熱が冷めない頭で、それとなく考えるのだった。
夏、彼女にとっても、彼にとっても大事な季節が、静かに始まろうとしていた。




