夏 - 1
「背番号~一番、石中」
「はい!」
六月下旬、水美野球部は専用グラウンドにて、来月から始まる夏の県大会ベンチ入りメンバーが監督野間笠の口によって告げられていた。
練習終わりの夕暮れの下、一塁側ベンチの前に整列した部員達の中から、一人ずつメンバーが決まっていき、名を呼ばれた者が力強く返事をする。
「……」
正直、呼ばれるだろう者の見当は誰もがついている。そうそうレギュラー勢を押しのけて控えが台頭する事などない。
雄一はベンチ入り20人の当落線上にいると自覚している。
あいつよりは呼ばれる可能性は高い、あいつよりは低い、そんな雑念が頭にこびりつき、顔や自然に感情が出ないよう何も考えないようにする。
「十三番~、鉄山」
二年生の内野手鉄山、おそらくバッティングを買われての採用だろう。
(……焦るな、自覚しろ。俺は結果を出した)
試合に出てヒットを打つ度に自信がついてきた。
そして比例するように自分の実力をある程度ちゃんと理解出来るようになってきた。
自惚れと言われればそれまでだが、自信はある。
結果を出したい。
去年と違い、明確な意識を持っている。だから四月から自分なりに一生懸命
練習してきた。
アイツにやる気がないともう一度指摘されないよう、必死に。
「背番号十六~中光」
「っ、はい!」
名を呼ばれ、雄一はすぐに返事を返す。
二年連続夏の大会ベンチ入り、だが一度下がった士気を再び呼び覚ました今の雄一は、去年以上の感動を覚えていた。
「やったね、雄一」
解散後、すぐさま乃村が声をかけてきた。
「なんとかな。お前はもう貫禄がついてきたな」
「そんな事ないよ。ていうかそれ誉めてる?」
正捕手の証である背番号二番をつけたユニフォームを両手で抱える乃村、一桁の数字というだけでその者の実力の高さが分かるのだから面白いものだ。
と、近くから小さな誰かのすすり泣く声と励ます声が聞こえきた。
近くにいた数人の先輩達のもので、ベンチメンバーに選ばれなかった悔しさを嘆いているようだ。
他にも肩を落とすものやからからといつも通りに振る舞う者など、見られるリアクションは様々だった。
「……臣川は選ばれたのになんでふてくされてんだ?」
「背番号は一が欲しかったらしいね。こだわってるみたいだから」
「ふーん……」
あえて落選した者に関心を向けないようにしたのは、気にしたところで自分がかけられる言葉も勇気もなかったからだ。
悔しさを変に慰めても、大してプラスにはならないのを雄一はくすぶっていた時期によく味わっていたから。
監督もそれを知っていて、多くは語らなかったのだろう。
「お前さん達の頑張りはちゃんと見とったからのぉ」
と一言だけ、簡単だが胸に残る言葉を。
「……ま、打撃練習だけするさ」
「何言ってんの、チャンスあるじゃん。特に外野は」
最後の部分だけ耳元に近づいて乃村はそう囁き、立ち去っていった。
「……チャンス、ね」
本当なら雄一もその言葉の意味は理解していた。
外野のレギュラーは青山・稲田・麦根の三人だが、そのうち麦根だけはここ最近の対外試合の成績があまり芳しくない。五月ごろに安喜第一との練習試合で足を痛めてからの低調ぶりで、怪我は完治したらしいが……。
それを知っていて、しかし同じレギュラー組として本人に聞こえないよう直接口にはせず、乃村は『特に外野は』と付け加えたのだ。
雄一は深く考え過ぎないようにしようと決める。
レギュラーでもサブでも、ベンチに入れるのは変わらない。
出番が与えられる事を待ち、信じて、これから始まる夏に臨む。
余計な事など、彼に考えている余裕はなかった。
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水美野球部 夏の大会 ベンチ入りメンバー
背番号 選手 ポジション 学年
1 石中 投手 3
2 乃村 捕手 2
3 沼山 一塁 3
4 広岡 二塁 3
5 畑川 三塁 3
6 宮原 遊撃 3
7 麦根 外野 3
8 青山 外野 3
9 稲田 外野 3
10 臣川 投手 2
11 戸田 投手 3
12 南田 捕手 3
13 鉄山 二塁 2
14 旗川 遊撃 2
15 慶野 三塁 2
16 中光 外野 2
17 屋名 外野 3
18 上和 外野 2
19 播磨 捕手 2
20 竹中 外野 2




