春 - 67
「ちょっと心配だったけど、大丈夫みたいね」
「何がですか?」
「うん? やる気ある子って実戦での一回の失敗で萎えちゃう事が多いからさ」
どうやら記録会の後落ち込んでいたのが気付かれていたようだった。
「……自覚出来て良かったです。もうちょっと、私は速いと思ってたので」
「鈴浪は十分速いって。比べる相手が悪いのよ」
「かもしれないですけど……やっぱり一位になりたいですから」
記録会やインハイ地区予選での惨敗から、そんな欲求が強くなっていた。
漠然とした目標から、確固とした目的へ。
鈴浪の結果を求める野心が強くなっていて、すっかり前向きな意識で満たされていた。
「そう思っているうちは成長するわよ。あいつも本当は持ってるんだろうけどな~」
「あいつって、茶野先輩ですか?」
「そ、あいつも最初は頑張ってたんだけどね」
意外な町谷の言葉に小さく驚く早希。あんな適当そうな人が?ときょとんとしてしまう。
「あんな適当そうな奴が? とか思ったでしょ?」
「え、いや、はい……」
「まあ適当な性格なのは変わらないけど、サボリはしない奴だったのよ。でも選手権もインハイも県一回戦止まりでね。同世代なら一番だといきがって出た新人戦も半端な結果になって、その辺からかな、あいつが今みたいにやる気を出さない奴になったのは。要するに、勝てない事が嫌だから、負ける事を気にしなくなっちゃったのよ」
最初から諦めていれば負けても悔しくない。
そんなネガティブな方に考えてしまったのだろうか。
もしかすると早希も負けたショックでそうなっていたかもしれない。別に敗北感に打ちひしがれていた訳ではないが、ふてくされていたのも事実だ。
ちょっとの違いが考え方に変化をもたらすのかもしれない、だからすぐに立ち直れたのかもしれない。
(あの人もその気になれば……)
落ち込んでいた自分に声をかけてきた野球部の先輩中光、やる気がなさそうな彼に励まされたというのが一番の発破になったのだろう。
あの中光ですら、試合で結果を出していたじゃないかと、早希は先日自身の目で目撃した活躍に感化されたのだと、勝手に解釈した。
「まぁあいつの事はどうでもいいのよ、それより今日はちゃんと休みなよ? やる気は翌日まで温存しときなさいね」
「はい、分かりました」
大丈夫、自分は大会に出たいと思えている。
早希は自分が向上心を失っていない事に安心し、やっと体を動かさなくても安心出来るほど落ち着きを取り戻していた。
それは結果を出せずに落胆していた状態から完全に脱却出来た証拠と呼んでも良かっただろう。立ち直ったという事だ。




