春 - 64
(チャンスで雄一か……嫌な場面だなあ)
打席に入る雄一を眺めながら、乃村はそんな言葉を内心で呟く。
(けどここで無失点なら流れは紅組に傾く筈、ターニングポイントって奴だね) チャンスに強い雄一をチャンスで抑える、それだけで味方は勢いづくだろう。
それにこの紅白戦は両軍ベンチの選手を必ず全員どこかで出場しなければならないと決められている。
打順は両チームとも三巡目に入る、そろそろ目まぐるしく選手交代が始まる頃合いだ、つまり主力級の選手との対戦は少なくなる。
臣川も自分も後一イニング出るかどうか、ここさえ抑えれば見せ場は終わりだろう。
(飛ばしていこう、臣川)
乃村がサインを出し、臣川は頷いてからすぐに一球目を投じた。
球種はフォーク、ファーストストライクを狙ってくるのを警戒しての選択だったが、
(えっ)
次の瞬間雄一はバットを振っており、続けて球を捉える金属音が響いた。
(おい、当ててきやがったぞ!)
臣川は投じたフォークを雄一が迷わずスイングして打ってきた事に驚き、ハッとしながら打球の行方を見る。
三塁線を切ってファールとなるが、打球の勢いは強かった。
(フォーク狙いか? 来た球を打ちにきたのか……)
甘く入っていたらヒットだっただろう、乃村の次の要求はアウトローへの真っ直ぐ、振らせるつもりだったが雄一は見送った。
(・・…いっつもこいつは、なんだかんだで打ちやがる)
臣川は一年の途中から公式戦でも投げれるようになったが、雄一も同じくらいの時期から試合に出ていた。
だからこそ彼の打撃センスを臣川は知っており、認めていた。
ただ雄一にはやる気というものが感じられず、がむしゃらに練習してきた臣川からすればあまり良い印象を持ってはいなかった。高井が雄一に突っかかる理由と似たようなものだ。
(あぁくそ、アピールさせろよこの野郎。代打ならともかく、通算打率は二割半ばのくせによ!)
場数は臣川の方が多い、リリーフも先発も何度も経験した。
最近また調子を上げてきたようだが、冬の間最低限の練習しかしてこなかった奴に負けてたまるか。
三球目の外へのカーブは見送られ、四球目を投げる臣川。
「うおっ!」
勢いのあるストレートは雄一の胸元近くに決まりストライク、雄一は思わず後ろへよろめいてしまう。
(左右に散らした、緩急もつけた、次は……)
乃村が出したサインに、臣川は数秒思案した後、
(……)
首を縦に振った。
(こいつを抑えれば今日は終わりだ、最後ぐらい投げきってやる!)
いくら調子が悪くても、投げるべき時に投げるべき球を放る事が出来る。
この紅白戦はそういうアピールをする機会だ、だから臣川は乃村のサインをすぐに受け入れた。
カウントはツーツー、一つ外れても構わない。
乃村なら多少のワイルドピッチは防いでくれる。
そう割り切って、臣川が投じたのは自身が習得を目指す落ちる球、フォークであった。




