春 - 61
「んあぁ!?」
際どい判定に臣川は不満を思わず口から吐き出した。
それを横目に雄一は淡々と一塁に歩いて到達する。
「良く見たな」
一塁コーチャーをしていた二年の両島が拳を出して声をかけてきて、雄一も拳を合わせて返しながら、
「打てなかっただけだっての」
「最後、わざと内に寄らなかった?」
「……かもな」
六球目が投げられる直前、雄一は足をスライドさせる形でバッターボックスギリギリまで体を移動させた。
決め球を投げてくる、得意なインコース、変化球は調子が悪く選択の可能性は高くない、そういった考えが頭を過ぎった瞬間、雄一は体を動かしてしまっていた。
(打ちにいったつもりなんだがな)
打てない球だと悟って、咄嗟に出塁する事に切り替えたと思っておく事にした。
バッターは八番の慶野、ベンチの指示は送りバントだった、打球を見てスタートを決めなければ。
「……」
「……っ、睨むなっての」
ちらりとランナーの雄一を睨んでくる臣川、さっきの四球が気に入らなかったのが伝わってくる。
慶野は初球から当てに行ったが切れてファール、二球目はアウトローへの真っ直ぐを見逃すもストライクであっさり追い込まれてしまった。
サインはエンドランに変わる、投手が投球した直後にスタートするため、やや腰の落としを深くした雄一だったが、
「わっ……」
と、臣川の牽制球が来て慌てて帰塁する。
(エンドラン読まれてそうだな……)
そう危惧する中投じられた三球目は大きく外へ外されたウエスト、予測していた雄一はあまり飛び出し過ぎておらずすぐに一塁に戻る事が出来た。
乃村は隙あらば一塁に送球しようとしていた、読みが当たって助かったのだ。「良い動きだよ」
「どうも」
両島のエールに声を返し、もう一度リードを取り直す雄一。
四球目、上手くスタートを切る事が出来、慶野は球を叩きつけるようにして一二塁間へゴロを打ち、結果的に送る形となってツーアウト二塁に状況が変わる。(走りでポカは論外だからな……)
ふうと息を吐いて、二塁ベースを数回踏みつける。
やはり走るのは緊張するし、好きになれない。
(……そういやあいつの走ってる所って見たことないよな)
ふと思い浮かんだのは後輩鈴浪との昨日の会話、彼女が自分の走りについて話していたからだろうか。
彼女の走りを見ていないのに偉そうに励ましていたと思うと、なんだか昨日の自分が滑稽に思えてきた。
(っ、集中しろよ)
最近いちいちあの後輩の事が頭を過ぎる、未だに初対面の時の些細な挑発を引きずってるつもりはないのだが、良くない傾向だ。
打席に入る石中を眺めながらリードを取り直す雄一。
ツーアウト二塁、当たりによってはホームインも可能な状況だ、神経を研ぎ澄まして、敵と味方の動向に意識を張り巡らせた。




