春 - 59
四番沼山の一振りは、石中のインローのストレートを完璧に捉え、レフトフェンスを悠々と超えた。
三番畑川を内野ゴロで仕留めた石中だったが、沼山の打撃技術によって同点に追いつかれてしまう。
「切り替えてけよ~!」
稲田を始め三年勢が声をかけ、石中もそれに応えた。
次のバッターは乃村、彼も長打を打てるため警戒しなければ。
「引っ張んなよ……?」
ライトから乃村に念を送る雄一、だが石中の初球が浮き、そこを痛打される。「うわ、くっそ!」
打球は右中間へ飛び、雄一は抜かすまいと必死で追いかけるが、
「中光フォロー!」
「っ!」
センター稲田の声が飛び、咄嗟に彼の背後へと進路を変える。
稲田は上手く打球を拾いスローイングの構え、乃村は一塁でストップし、シングルヒットで済んだ。
「ヒヤッとしたな~」
返球しながら稲田が話しかけてくる。
「良い動きだぞ」
「……どうも」
「心配しなくてもイシなら乱れないって」
不安を見抜かれたのか、稲田は雄一の頭を一度叩く。「顔に出てましたか?「あぁ、バックが不安そうにすんなって、イシに声かけでもしてりゃ余計な事考えなくて済むぞ」
もっと声出せと、そういう意味なのだろう。
大声を出すのは苦手だが、スタメンの一員として必要な事は精一杯こなす。「打たせていきましょー!」
少し上擦らせながらも、雄一は腹の底から声を吐き出す。
石中は肩を僅かに動かした気がしたが特に振り向きもせず、しかし雄一の声に反応するかのように次のバッター屋名をゲッツーに打ち取ってみせた。
「っ、こっからだぞ」
自分に打席が回るこの回、結果を出してみせる。
ベンチに戻って意気込みながら、すぐさまヘルメットを被りバットを握ってネクストバッターズサークルに入る。
先頭広岡はツーツーまで粘って外野へのライナーでアウト、すれ違い様に彼はボソッと何かを告げてきた。
「っ、ち急ぐな」
「はい?」
「打ち急がなきゃ、勝手にカウントは良くなると、思う」
言うだけ言うと顔を隠すようにして早足で立ち去っていく。
(喋らないとクールなんだけどな)
話し下手なのに後輩へアドバイスをくれた先輩に感情しつつ、打席に入る雄一。
広岡の言った通り、今日の臣川はコントロールが良くない。
見極めればすぐに追い込まれはしないだろう。
だがバットを振らずに出塁するつもりもない、打ちに言って、その上でチャンスを作る。
(アピールしないとな……)
気負わず気合いを入れて、バットのグリップを強く握り打席に入る。
睨みの効いた臣川は、息を整えるように間を置いてから、足を高く上げて一球目を投じる。
「っうぉ」
力み過ぎたのか、ストレートは高めに抜けてボール。
(俺の時だけムキになってる気がするんだが)
「根に持ってるんだよ」
意図を読み取ったのか、乃村が返球しながらそう声をかける。
「何をだよ」
「フリーバッティング」
いつぞやの練習で一本良い当たりを打った事をまだ気にしてるというのだろうか。
臣川の性格なら考えられるが。
(先発やりたいならやめた方が良いと思うけどな)
とにかく力で押し切られないように、雄一は改めてバットを強く握って闘志を滲ませるピッチャーを見据えた。




