春 - 57
エース石中は打撃が好きだ、一年の頃はピッチャーだけでなく外野や代打としても試合に出ていたらしい。
故に9番といえど、臣川の浮いた真っ直ぐを捉えライト前へ引っ張ってもチームメイトは驚く事はなく、さすがと感心する者ばかりであった。
「あちゃー、一番嫌な形だよ」
外野が球を返してくるのを見ながら、キャッチャー乃村は苦笑いする。
ここまで3イニング全て先頭打者を出してしまっている、良い投球リズムが作れていないのは気がかりな点であった。
乃村はすかさずマウンドまで走って、不機嫌そうな臣川に話しかけた。
「……今のは見せ球のつもりだったんだよ」
言い訳のように先に臣川が口を開き、しかし乃村は予想通りとばかりに笑いながら、
「見せるだけなら際どいコースじゃなくていいよ。外しながらも勝負しようとしてる」
「っ……わーかった。半端に投げないようにする」
「真っ直ぐは走ってるし、フォークもたまに良い落ち方してる。自信持って!」
ミットで臣川の胸を叩き、微笑みながら乃村はポジションへ戻った。
バッターは宮原、初球からバントを決め、ワンアウト二塁とされ、迎える二番上和は俊足の選手だ。
(上位の中ではまだ打ち取りやすい、ここでアウト一つ取るよ)
乃村の意思を汲み取ったかのように、臣川は内と外の際どいコースに続けて真っ直ぐを投げあっという間に追い込んだ。
後はバットにボールを引っ掛けさせれば良い。
外に一球外させようと真っ直ぐを要求するが、
(あっ、また内に……!)
ボール球にしようとしたにも関わらずストライクゾーンに寄ってしまった。
上和は釣られてショートへ打ち損じてくれたためピンチは広がらなかったが、乃村はスッキリしない。
(今日はとことん調子が良くないね)
割り切った上でリードしなければ、そう意識して三番麦根を打席に迎えた。




