春 - 56
次のバッター慶野も内野フライに倒れ、三回表の石中は先頭臣川を三振に打ち取り、紅組は打順が二回り目に入る。
バッターは青山、巧打者だけに白組ナインの緊張が増す。
(っ、引きずるなっての……)
雄一は先程凡退した事が頭の片隅に残り、スッキリしない気分であった。
集中していないつもりはなかったが、しかし反応が鈍くなっていたのも事実だった。
インコースの球を青山が引っ張り、打球はふらりと上がって一塁線際へ飛ぶ。「まずっ……!」
走り出しが遅れ、雄一は慌てて白球の落下点へ急ぐ。
幸い打球はラインを切れそうだ、安堵しながらとりあえず球を追う雄一だったが、
「おわっ……!」
視界に突如セカンドの広岡が現れ、思わず足を止めてしまった。
広岡は背走しながら打球を捕ろうとグラブを突き出すも、二メートル以上離れた場所へ打球が落ちる。
「~っ」
ファールになった球を見送ってから、広岡は守備位置に戻る際、すれ違い様に雄一にこう言葉をかけた。
「今は守りの時間だぞ」
「っ……」
その一言は、打席の事を考えていた事を見抜き、遠回しに批判する意味が込められていた。
「くそ、切り替えろ切り替えろ……!」
自分に言い聞かせるようにして、雄一も守備位置に戻る。
今日は代打でなくスタメンとして試合に出ているのだ、打撃以外にもやる事はある。
守備もこなして、打撃で結果を出す。
それが今の自分のやるべき事だ、そこまでやろうとしないと本気とは言えない。
バッター青山は石中のカーブを器用に引っ張って、打球はまたもライト方向、しかも今度は鋭い当たりで飛距離もありそうだった。
「マジかよっ!」
雄一は打球を見失わないよう何度も振り返りながら後退し、打球が落ちる場所を探る。
白い雲をバックにすると見失ったと錯覚してしまいそうになるが、飛ぶ勢いと方向から今ボールがある位置を走りながら必死に確認する。
そして、落下点まできたところで、雄一は左腕を目一杯に頭上へ突き出した。「ぎっ……!」
パン! と気持ちの良い乾いた音は、雄一のグラブに打球が綺麗に収まった証拠であった。
「ナーイス中光!」
センターの稲田が大きく叫び、ピッチャー石中も腕を掲げて感謝を示してきた。
「よしよし……!」
そうだこれでいい、この調子でいこうと自身を鼓舞する。
二番鉄山もセカンドゴロに倒れ、三者凡退で三回表の攻撃は終わった。
「良い判断だったぞ」
ベンチに戻ったところで広岡にぼそりと誉められ、「はい と返事をした雄一は、顔を足下へ向け他人に表情を見られないようにしながら、唐突に沸いてきたポジティブな感情に歯を食いしばった。
(スタメンでプレーしてるぞ、俺……!)




