春 - 54
(さすがに甘かったかな)
ワンアウトランナー一塁三塁となって、紅組のキャッチャー乃村は苦笑いを浮かべた。
麦根を三振に打ち取り、勢いに乗せるため稲田にはストレートで押そうとしたが、読まれていたらしい。
幸い打球は強く二塁ランナーが帰るまでには至らず、5番南田をライトフライに打ち取ってから、乃村はベンチに戻る途中臣川に駆け寄る。
「落ち着けてたよ」
「くそっ、楽々打ち返されちまった。コースは良かったのによ!」
相変わらずのムラっ気で早速苛立っている臣川の肩をグラブで叩いて、乃村は彼を諭す。
「失点してからカッカしなって」
「分かってるっての!」
じゃじゃ馬を操るような気持ちで乃村は楽しそうに笑みをこぼした。
二回表、石中は紅組の678番を凡退させ、初回失点を引きずらずいつもの安定感あるピッチングを取り戻す。
そして迎えた二回裏、白組6番広岡に対し、乃村は臣川にストレートを中心に変化球であるフォークを使わせ、実戦での精度を確かめようとした。
「ボールフォア!」
が、空振りを取るにはまだ落差が足りず、またも先頭バッターを歩かせてしまう。
苛立つのを読んで両手を使って落ち着くようにジェスチャーをする乃村。
(まぁ、次のバッターを抑えれば機嫌も良くなるかな)
そう思いながら、乃村は右打席に入る白組の選手をしゃがんだまま見上げ、そして誰にも気づかれないくらいに囁かににやついてみせた。
右打席に入った時、雄一はキャッチャーの乃村の表情が僅かに動いたような気がした。
(っ、やりにくいな)
チームメイトだからこそ、乃村が良いキャッチャーだという事は分かっている。
よく話す仲だからこそ、真剣勝負はどこか複雑な気持ちになるのは言い訳かもしれない。
いつも浮かべる柔らかい笑顔の裏でどのように自分を打ち取ろうとしているのか、あまり考えたくはない。
臣川の目もどこか自分を睨みつけているような気がして、雄一は思わず視線をホームベースに落とす。
(ここは送るか? バントは苦手だけどな……)
指示を仰ぐため白組ベンチの方を見ると、既に稲田がサインをこちらに示していた。
(……打て、かよ)
にやにやしながら稲田が示したのは、バッティングの指示。一度深呼吸してからバットを握り直す。
とにかくチャンスを作る、自分の仕事を確認し、臣川を見据えた。




