春 - 52
前のバッター畑川がセンターへ先制の犠牲フライを上げるのを、紅組5番のキャッチャー乃村は黙って見上げていた。
先制のホームを踏んだ青山とハイタッチして、乃村はバットを右肩に担ぎながら打席に入る。
失点した石中は苦笑いしながら白組のナインに軽く片手を縦にして謝るポーズをして、すぐにマウンドのプレートに足を置いた。
(さすがにこれくらいで崩れてはないよね)
石中のウリは安定感、一点失ったぐらいでは制球が甘くなったりはしないからこそ、エースとして君臨しているのだ。
なので、乃村の役目はここでもう一点入る流れを呼び込む事。
単打、打てなくても球数を稼ぐ、目的を頭の中で整理し、乃村はバットを構った。
(初球は慎重に来る筈)
石中が投じたのはアウトコース低めへの真っ直ぐ、誘うようなボール球だったが、乃村は見送る。
百十キロ強のスローボールの後、緩急を使ってくるかと直球に狙いを絞り、ミートを心掛ける乃村。
「うわっ」
二球目は百三十キロ台のストレート、腹の辺りへのインコース攻めに上半身を仰け反り、一つ息を整える。
判定はボール、これでボールツーとなった。
(さすがにストライク取りに来るでしょ?)
甘く入ったところを打つ、三球目が投じられたところで乃村は思いっ切りスイングをした。
アウトコース低め、予想通りの球にしめたと思った乃村だったが、僅かに沈み込むスクリューボールに芯を外され、三塁線を切れるファールになった。
(南田さんならストライクを取りにくると思ったんだけど、上手く振らされちゃった)
しかしカウントで有利なのは変わらない、スリーボールを避けるため次も入れてくる筈、狙いを真っ直ぐに絞り、石中が四球目を投じるのを待った。
「んっ!」
だがボールはストレートではなく、山なりに大きく曲がるカーブ、読みが外れバットを止めた乃村だが、外角低めにギリギリ決まってストライクになってしまった。
「~」
数歩後ずさって間合いを取りながら乃村は軽く苦笑する。
(相変わらずのコントロールだなぁ)
甘く入れば打ち頃なのに、石中は迷わず投げ込んできた。
自信がなければ投げ込めない絶妙なコースだ、さすがと言うべきだろう。
カウントはツーツー、次は危険を冒さず一球外してくるだろう、そう読んで打席に入り直す乃村。
そして石中が五球目を投じた直後、乃村はその読みが外れていた事を悟り、慌てて腕を畳んでスイングを変化させる。
胸元へのインハイの球、対応してバットに当たりはしたが、少しだけ揺れるスクリューを真芯では捉えきれず、打球はファーストに前に転がってあえなくスリーアウトになった。
「はぁ~、読まれてたのかな?」
完全に読み負けたと溜め息をついて、ベンチに戻る前にマウンドの石中を見る。
彼は大して喜ぶ事もなく、しかし明るく振る舞いチームメイトてグラブを合わせ、反撃するべく早速鼓舞していた。




