春 - 50
夏の大会のベンチ入りがかかった重要な紅白戦の当日は、空の八割が灰色の雲に覆われたどんよりとした天気であった。
雄一が配置された白組は後攻で、三塁側のベンチでグローブの手入れをする。「負かしにきてる」
そこへぶっきらぼうに声をかけてきたのは、先輩の稲田だった。
「そう思わないか?」
「……独りで言っててくださいよ」
「別にネガティブなつもりで言った訳じゃないっての~。ただ打力なら向こうが圧倒してないかって思ってな」
紅白それぞれの組に振り分けられたのは三日前、監督野間笠から口頭で伝えられた。
雄一の属する白組には稲田の他には先輩では宮原や麦根がおり、ピッチャーではエース石中がいて、戦力的に低い訳ではないのだが。
「向こうは沼山に青山、乃村に畑川までいるんだぞ~? 打たせて取るタイプのイシに、打撃特化の打線はキツいと思うんだがな~」
ネガティブな事を言う割にはいつもの軽い調子を崩さない稲田の背後から、一人の人物がムッとしながら近づいてくるのが見えた。
「こら稲田! 仮にも白組のキャプテンでしょ! マイナスな発言しない!」
マネージャー植野が声を荒げて稲田の頭に手刀を落とす。
「冷静な分析と言って欲しいな~、自分達を客観的に見れないと、実力を活かす事は出来ないんだぜ?」
「適当にごまかしてんじゃないわよ! 」
いつものように絡む二人から離れようとする雄一だったが、すぐに植野に呼び止められた。
「中光、気合入れなよ? 最近は打ててんだから」
相変わらず雄一に対しては素っ気ない話し方だが、それでもこうして誉められたのは少し意外だった。
「……まあ、頑張ります」
「そうだぜ中光、せっかくスタメンに俺が選んでやったんだからな~」
そう言ってカラカラ笑う稲田こそ、この白組のキャプテンだ。
監督から指名されたキャプテンは、単に選手をまとめるだけではなく、選手交代などの指示も行う監督の役割も兼任している。
ちなみに紅組のキャプテンは青山、マネージャーは一年の円山がついている。「ま、気楽に行こうぜ、身内との試合なんだしよ」
稲田は特に緊張する様子もなく、後からやってきた他のチームメイトの元へかけていった。
「……全く」
気合があまり感じられない稲田に溜め息をつく植野。
一緒にいると気まずいので雄一も静かに離れようとするが、
「少しは戻ってきた?」
植野は立ち去っていく稲田の背中を眺めながら、そんな風に話しかけてきた。「……何も」
一年の時のような状態に近づいてきたか、そんな意図が込められた言葉だと分かっていた雄一は、あっさりと否定する。
植野もつまらなそうに肩を竦めるが、
「けど、変わってはきたと思いますよ」
雄一はそう付け加えもした。
「……良い方に?」
「多分」
「そう、じゃあ今日はそれをみせなさいよ」
同じ白組のマネージャーとしての彼女なりの励ましだったのだろうか、それだけを言うと植野はその場から離れていった。
珍しい事もあるもんだと思いながら、雄一は今から始まる、この夏の自分の立ち位置を決める試合が行われるグラウンドに視線をやった。




