春 - 48
「速いと思ってたけど、すごい速い訳じゃなかったんです」
二回目の挑戦も終わり、動かなくなったマシンを遠目に見ながら早希は呟いた。
雄一は彼女が口にした事を頭で反芻する。
(つまり、一番になれなくて悔しかったって訳か)
「記録会だけじゃなくて、次の週の地区大会でも変わらなかった、私は大して速くなかったんです」
「……で、落ち込んでたってか?」
尋ねると、早希はこちらを一瞥するようにして、
「……呆れてたんです。自惚れてたなって」
苦笑しながらそう答えた。
「……」
雄一は何か口にすべきなのか迷いながら考える。
「……っ」
そしてネットをくぐって打席に入ると、早希にバットを寄越すよう手を突き出す。
「え?」
「早く貸せって」
やや困惑しながら早希が差し出した金属バットは、いつも部活で使っているものではないからか、握った感触に違和感があった。
「……自分より上の奴なんていくらでもいる、そう思ったのは去年の秋ぐらいからだな」
小銭を入れ、球が飛んでくるのを待ちながら、雄一は言葉を継ぐ。
「最初はスタメン、だんだんその数が減って、いつの間にかベンチ、単に他の奴等の方が練習してるからと思って、仕方ないと思ってた」
一球目を見送り、二球三球と淡白なスイングで強めのゴロを打つ。
「そこから俺は停滞していた。別にこのままでも良いって、だからずっとベンチ要員になってた」
「……でも最近は、出てるんですよね」
「ん、あぁ……円山から聞いたか? 」
早希は小さく頷き、あのお喋りはと雄一は眉をしかめる。
「お前に挑発されて、やる気になって、それで少しはマシにっ……!」
十球目にして会心の当たり、打球はホームランと書かれた看板のすぐ下まで上がり、ネットに勢い良く突き刺さった。
「……去年からずっと、俺はバッティングが良いと言われてたが、結果は出なかった」
「……最近は出てるんじゃないんですか?」
「出てるけど、いっつもじゃないっていうか……ん~だからその」
見切り発車で話し出してしまった事を後悔しながらも、雄一は必死にそれっぽい言葉を探す。
「~っ……とにかく、前を向かなきゃ進まないって事」
悔しがる事はいくらでもある、雄一は今までヒットより凡退した数の方が圧倒的に多い。
それでも、3打席目までダメでも、4打席目に打ってやろうと思わなければ、打とうと努力する気にもならない。ここ1ヶ月での部活内にて、なんとなくそんな漠然とした考えが彼の中にも浮かんでいた。
「……」
我ながら臭い言葉だと思いながら、残りの球を打つ事に集中しようとするが、「……ダメですね」
早希の小さな呟きに、雄一の体がピタリと止まる。




