春 - 4
夏の大会開幕まで2ヶ月余り、成績に期待のかかる野球部は日に日に高まる部内の緊張感に包まれつつあった。
寮に住む部員は日の出と共に練習に励み、通学の部員も登校後すぐにグランドに出て参加する。
そんな中、雄一は普段通りグランドを横目に制服のまま校舎へ向かおうとしていた。
朝練は自主参加であり、彼はいつも必要最低限の練習しかしない主義のため、朝練には縁がないのだ。
「ん」
何気なくグランドに目を向けていた時、彼は一人の生徒に一瞬だけ気を取られた。
グランドの端、野球部に比べて遥かに少ない練習エリアで走り込む少女、直線200メートル弱を快走し、数十秒減速して休んだ後反転して再び速度を上げる、といった練習を黙々と繰り返し走っている。
(陸上部で朝練とかうちで初めて見たかもな)
この学校は野球部こそ県内で有名だが、部活自体が強い訳ではない。元々話題集めで野球部強化に励んだ背景があり、あくまで運動に力を入れている訳ではないのだ。
だから珍しいと感じたのか、それとも単純に彼女の真剣さに目を奪われたのかはわからない。別にどうでもいい、彼はそう気にもとめずに校舎へ向かった。