春 - 44
100メートル走は開会式の後すぐに始まった。
組み分けは学年も学校も完全にランダムであり、早希は3組目の第8レーン、一番右端からスタートする事になった。
「うわ、上級生ばっかじゃん」
メンバー表を見た町谷が苦笑いしながら声を漏らす。
一組八人が走る組み分けの中で、早希の組は4人が二年生、二人が三年生、一年生は早希ともう一人他校の生徒がいるだけだった。
「まぁ、着順じゃなくてタイムが大事な記録会なんだから、落ち着いていくのよ?」
「はい」
「連休を練習で潰したんだから、少しは良い結果出さないと!」
肩を叩いて励ましくれる町谷に気持ちを幾分軽くして、早希はレースに臨む。「あれ」
と、レース待ちの選手が待機するテントの下で、朝方見かけた顔に気づく早希。
「おっ、スズっちやん! 割と早く再開してもうたなあ!」
自分の学校の部員の輪から離れ、赤根屋冴恵が暑苦しい元気を撒き散らして近寄ってくる。
「どうも」
「スズっち何組なん? うちは二組やで」
「……三だけど」
「うちの次やん! なんや縁があんなぁうちら」
緊張感の漂うレース待機組の中で、赤根屋だけはとにかく明るくうるさい。
早希も当事者として扱われているのか、周りの「静かにしろ」という意味を含んだ冷たい視線が痛い。
「こら赤根屋! 大人しくしてろって!」
そこに割って入ってきたのは、赤根屋と同じ丘道南のユニフォームを来た男女四人組。
やかましい部活仲間を鎮めにきたらしい。
「すんません、うちの部員が絡んできて」
代表格らしい大柄な男子が礼儀正しく頭を下げる。
「絡むってひどいやないですかー先輩」
「黙れ黙れ、悪目立ちしやがって。他の部員の邪魔になるんだよ」
赤根屋の首根っこを掴んで早希達から離れようとする男子。
「お、片永! 久しぶりじゃん」
それを呼び止めたのは、早希の背後からぬっと現れた町谷だった。
「ん、あぁ、町谷か」
「そっちも今日は付き添い?」
「あぁ、今年は一年が多いから、慣らしといてやらんといけんからな」
会話から見て、二人は知り合いのようだ。
どういう関係なのかと早希が黙って眺めていると、それに気付いた町谷が説明する。
「丘道南の片永、同級生で何回も大会で会ってるのよ」
「ん、ども」
赤根屋とは違い、早希には声をどもらせながら頭を下げる。
「鈴浪です」
「うちの赤根屋が迷惑かけただろ? 悪かったな、こいつとにかく絡みたがるから」
失礼やないですかー! と赤根屋が片永に捕まったまま騒ぐが、彼はもう相手にしない。
「あ、もしかしてその子が噂の、関西人エース?」
それを見ていた町谷が発した言葉に、早希が怪訝そうに顔をしかめる。
「ん、そんな大したもんじゃねえよ、ただのじゃじゃ馬だ」
「ちょっとさすがに酷いやないですか先輩!」
「うるせえ、とっととこっちに来い!」
結局最後まで静かにならないまま、赤根屋は連れられていった。
「先輩、関西人エースって?」
「ん、あぁ、あのよく喋る子の事よ、ちょっとした有名人なの」
「そうなんですか?そ れって、陸上の選手としてですか?」
勿論、と町谷は付け加え、どこか意気揚々とした感じで続けた。
「赤根屋冴恵、中学時代は関西大会で100メートルと200メートルで三位、リレーでも二位になったっていう、同世代では西日本屈指のスプリンターらしいわ」




