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春 - 41

「落ちっ……!」

 気が付けば、叫びそうになっていた。

 結局彼の打席が終わるまで、早希はその場を動いてはいなかった。

 試合に出ていた部員の誰かが足を痛めたようだと円山が言い、その後彼女がベンチへ戻って、自分も早くエリナ達の所へ向かおうとした時、偶然彼の姿が見えた。

 それから彼が何度もバットを振り、球を打ち返すまで、早希は足を止めていた。

 期待していなかったといえば嘘になる、だが打てるだろうと思ってもいなかった。

 だから、打球が外野へ飛んだ時、本当にヒットになるかと胸が高鳴った。

 捕られそうになった時、捕られるなと思って声が漏れていた。

 結果ヒットとなり水美野球部は同点に追いついたらしく、ボールを持った相手選手にタッチされて彼はアウトになったが、ベンチで部員から褒め称えられているのを見る限り、活躍が認められたのだろう。

「……なんでホッとしてんだろ」

 ぼそりと呟き、もう一度ベンチにいる少年、中光雄一の方を見る。

 やる気のないなんて言葉から程遠い、必死な姿でプレーする彼に、早希は面を食らった気持ちになっていた。

「あれ、鈴浪?」

 そこへ声をかけてきたのは、先輩の町谷。

「あ」

「もうお昼食べたの?」

「いえ、そうじゃないんですけど……」

 野球部を見ていましたというのもなんだか恥ずかしく、言葉が出てこない。「黄昏るのはいい事」

 そこに町谷と並んで歩いていた鞍来が聞き取りづらい声を漏らす。

「突っ立ってるのが?」

「違うわ、体中の力を全て抜いた状態で初めて黄昏てると言えるの、疲れない理想的な状態」

「疲れたくないならまず立たなければいいじゃない」

「立たざるを得ない状況で使える、朝礼とかでぼーっとする時に大事」

「ちゃんと聞いてなさいっての」

 仲良さそうに会話する二人を前に、早希は思わず尋ねる。

「先輩あのっ……!」

「ん?」

「あ、いや……まだじっくり考えた訳じゃないんですけど、やっぱり落ち着かなくて……」

 勢いで適当な事を口走らないようにして、だが言いたい事をなるべくそのままの形で伝える。

「この休日、もし練習するんだったら、一緒に参加させてください!」

 唐突に飛び出した早希の言葉に町谷は目を丸くして驚き、

「それは構わないけど、休日潰れちゃうよ?」

「いいんです。やりたいって、思ったので」

 ちょっと前ならそんな風な事は口にしなかっただろう。

 休日練習しようという思いはあったが、それは短距離走者として向上するためにしなければならないと思っていたからだ。

 だが今は純粋にしたいと思っている。あんな風に真剣にプレーし結果を残した彼に、自分も必死にならないと負けた気になると思ったからだ。

「そう、ん~」

 町谷は小さく唸って、早希の体を見回すように視線を動かし、

「ま、鈴浪は冗談を言うタイプじゃないわよね」

「はい?」

「いいよ。正直一人でトレってモチベーション上がらないんだよね」

 控えめに表情を綻ばせて、早希の申し出を受け入れてくれた。

「あ、ありがとうございます!」

「何に感化されたのかは知らないけど、やる気ある後輩はムゲに出来ないでしょ」

 早希の心の変化に気付いたのかは分からないが、町谷は気持ちの良い笑顔で語ってくれた。

「ただし、日曜くらいは友達に付き合ってあげなさいね」

「え?」

 言われて町谷が指差す方を見ると、

「遅いぞ~早希!」

 といつまで待っても中庭にやって来ない早希を探して出てきたエリナが、手を振って呼びかけてくる姿が見えた。

「……そうですね」

 早希も笑顔を返し、エリナの元へ走っていく。

 翌日、早希は泊めはしないもののエリナ達を家へ招いて遊び、月曜からの残りのゴールデンウイークの休日を町谷との自主練習に費やす事になった。


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