春 - 40
「落ちろォ!」
一塁めがけて走りながら、雄一は思わず叫んでいた。
ライト手前へ上がった詰まった打球は重力に引っ張られて落下していき、それは安喜のライトが飛び込んでキャッチしようとしている。
ここで一点入るのと入らないのは試合展開に天と地の差がある、なんとしても落ちてくれとの思いから無意識に漏れた言葉だった。
ライトのグラブがボールに触れ、雄一は顔をしかめる。
だが直後、両チームのベンチからどよめきに近い声が湧き上がった。
ライトは球に触れたものの、グラブに収まらず弾いてしまったのだ。
「おぉし!」
右拳を握り締め、一塁ベースを回る雄一。
三塁ランナーの青山は悠々ホームイン、一塁ランナー宮原も既に三塁に到達しようとしている。
一気に逆転どころ、ライトは立ち上がって慌てながらバックホームを選んだ、二塁も狙えると必死に足を動かす雄一だったが、
「セカンド入れ!」
前木の指示が聞こえたかと思うと、彼がバックホームの送球をカットし、セカンドに投じる姿が視界の端に見えた。
「マジかよっ……!」
しまったと思った時にはもう遅い、雄一は一二塁間に挟まれタッチアウト、宮原がホームインする前だったため、結局得点は一点止まりになってしまった。「だ~何やってんだ逆転出来たのに!」
ベンチから溜め息と嘆きが聞こえ、戻るのが躊躇われる。
「ま、仕方ねえか」
ヘルメットを軽く叩いてベンチへ早足で戻ると、
「んまぁ、追いついたけん大目に見たるわ」
監督はそれだけ呟き、走塁についてはそれ以上は言及しない。
「すんません」
伏し目がちに頭を下げると、目の前に一人の部員が仁王立ちしている事に気づく。
「だせぇ走塁しやがって」
それは雄一と交代させられた麦根、冷めた目で見下され目を背けそうになるが、その後胸を拳で小突かれ驚いて顔を上げる。
「……ナイスバッティング」
麦根は照れくさそうにそう呟き、奥の方へ去っていく。
「ナイスポテンヒット!」
「よく当てた!」
「次は走塁の練習だな!」
それを機に他の部員からもタイムリーを称える声が上がる。
「さすがだね、スライダー狙ってた?」
既にマスクを被った乃村が手を上げ、雄一は静かにハイタッチする。
(っ…ヤバい、すごい気分が良い)
試合でタイムリーを打ってもなかなか感じられなくなっていた興奮に体が満たされている。
好投手相手に代打として送られ、期待に応えてやろうという思いはあった。(……格好はついただろう)
そしてもう一つ、あの後輩の陸上部の女子がこの試合を目撃しているかもしれないという考えが頭を過ぎり、あてられた。
意識していたのかは曖昧だったが、そんな不確定な事柄が雄一の闘志に影響したのかもしれない。
一度だけあの女子の顔を思い出し、試合に集中するためにすぐに忘れる。
その後、試合は八回に下位打線の乃村や稲田、投手の石中がヒットを重ね、一挙に3点を追加、最終的に6対1というスコアで水美が快勝、雄一が死に物狂いで奪った同点が霞むような、一方的な展開となった。




