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春 - 39

 前山賢太郎は、野球一筋な少年ではない。

 中学ではテニスに打ち込んでいたが、高校では別のスポーツをやってみたいという理由で野球を選んだだけだ。

 元々運動神経は良い方で、背も高かったため一年秋から投手としてプレーさせてもらえるようになった。

 そして良い感じに結果を残せたから、先輩を差し置いてエースになった。

 春季大会の活躍で、プロのスカウトとも何度か話す機会があった。

 だが前山自身は、そこまで野球に打ち込んでいるつもりはない。

 真面目に練習はしてきたが、勉強や遊びの時間を全て割いてまで野球に捧げたい訳ではない。

 それでもエースになれたのは、ある程度の才能と、安喜第一があまり強豪でなく実力ある選手が少なかったからだろう。

 それでも、マウンドに立ち試合に臨んだ時はいつも、気が引き締まる。

 バッターを打ち取れば仲間が喜び、打たれたら励まされて心が熱くなる。

 野球自体はそこまで好きじゃないが、野球をする事で得られる高揚感は好きだった。

 毎試合百回以上腕を振り、ボールを投げ続ける苦しさの分だけ、やりがいというものがある。

(とにかく抑える、仮にもエースだと思われてるなら、らしい抑え形をしてみないとな)

 決め球はスライダーと、自他共に認めている。

 だからツーアウト一塁三塁のピンチの場面、最後に決めるために投げるのはスライダーだと、最初から決めていた。

「んんっ!」

 指先に、腕に意識を払い、力を振り絞ってキャッチャーのミットめがけて投げ込む。

 ストレートよりも繊細かつ大胆に、繰り出したのはスライダー、打者の手前で切れるように横へ変化する決め球の精度は申し分ない。

 打者はバットを振って対応するが、アウトコースへの百四十キロ弱の速球に苦しげな表情を浮かべている。

 ああいう顔をするのは、狙い打ちではなくとりあえず当てに来ているバッターだ。

(貰った!)

 今までの試合での経験から直感し、バットの先が力なく球を叩くのを見守る前山。

 打球はフラフラと上がってライト方向へ。

「セージ!」

 ライトを守るチームメイトの名を叫び、腕を掲げて打ち取れるとアピールし、安喜ベンチも歓声を上げる。

(んっ、流れてる?)

 だが前山は、打球がライト線に向かって、ライトの前方で失速していくのを確認し、目を細める。

 校舎側から吹く風のせいだろう、打球は瞬く間に勢いを落とし、ライトの選手は走る速度を上げて駆け寄っていく。

「取れるぞ!」

 仲間を鼓舞するように前山が叫んだのは、ここが試合の分岐点だと理解していたからだ。

 ここを無失点で切り抜けられるか否か、それを分かっているからこそ、この打球はヒットにさせてはいけない。

 ライトは前のめりに飛び込んで、グラブを落下してきた球に触れさせる。

(取った……!)

 そう思った直後、彼の確信を塗り潰すような叫び声がすぐ近くから聞こえてきた。

「落ちろぉ!」

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