春 - 37
得点圏での4番の空振り三振は、水美野球部に大きなダメージを与えた。
自分達に傾きかけていた試合の流れが、安喜野球部にまた引き戻ってしまいそうな、そんな嫌なイメージがベンチに漂い出す。
「ひぇ~、すげえキレ」
稲田の言葉は当然だった。
同じコースへの同じスライダーだったにも関わらず、バットから逃げるような外への変化が一段と大きかったからだ。
「今のは当てれないな」
雄一も打席に立つイメージでバットを振っていたが、遠目で見ても打てるようなものではなかったと判断出来た。
悔しさをこらえるように固い表情を保って、沼山が戻ってくる。
「……おーし、中光」
と、監督が気怠そうに雄一の名を呼ぶ。
「っ、はい」
「代打や、よく考えて振ってきぃ」
そして、自分の出番を通告された。
「……はい」
短く返事して、雄一は早足で打席へ向かう。
その途中、すれ違った沼山が、ぼそぼそと聞き取りづらい言葉で呟いた。
「受け身になるなよ」
それは先日のシート打撃の時にもらったものと似たアドバイス。
もう少し具体的なものが欲しかったが、攻略法は自分で見つけださなけば。
一呼吸置いて、打席に足を踏み入れる。
「打て中光!」
「臣川を打った時みたいにな!」
「うるせぇ今言うなっての!」
好き勝手な声援がベンチから飛ぶ。
前山は体を半身に構えたクイックの体勢でこちらを見据えている。
3番4番を抑えたのだ、代打のサブ選手などに気負いはないのだろう、前山はゆらりと右腕を垂らして、それから球を握り直す。
(球筋を見る。攻めるためにも!)
自分でもここまで体がピリピリ震えるほど緊張と高揚しているのが分かる。
バットを握る手の力が自然と強くなる。
正面から見ると、前山のフォームは実にスタンダードかつ無駄のない綺麗なものだ。
しなやかに伸びる右腕から繰り出された初球は腰の辺りの高さへのインコースの真っ直ぐ、見逃すつもりだったのに仰け反りそうになるノビのあるストレートは、ストライクとなる。
(……キツいな)
甘いコースに決まればまだ打てる可能性はあるが、彼の制球がそう乱れるとも思えない。
内角攻めがどういう打ち取り方を狙っての布石なのか見極めるため、視覚をフルに活用して前山と前山の投球を確認する。
二球目は外低めの真っ直ぐ、芯が届くか微妙な距離だったので手は出さない。「ストライクっ!」
「んっ」
だが判定はストライク、厳しい判定に雄一の顔が引きつる。
「追い込んだぞー!」
「三球で終わらせてくれケンタロー!」
盛り上がる安喜ベンチ、一方雄一は一度打席から出て手袋をいじりながら、(っ、とりあえず芯に当たるようにしないとな……)
力のある球はただ当てるだけでは綺麗にフェアゾーンまで飛ばないだろうが、単打でも点が入るこの場面、フルスイングする必要はない。
打席に戻った雄一は、バットの柄から拳二つ分空けた位置を握り、いつもより短く持つ。
球の変化に対応するための策だ。
(真っ直ぐかスライダーか、待って打つ……!)
やや窮屈な構えで、雄一は三球目を待つ。
と、前山はすぐに投球モーションに入った。
(っ、なんか、速い?)
投球間隔に違和感を感じたと思った直後、三球目が投じられる。
「うっ!?」
それを見た雄一はコンマ数秒だけ怯んで、次の瞬間には思わずバットを振ってしまっていた。
内角への豪速球、そのコースがストライクゾーンに掠める絶妙な位置であり、見極める前に振らざるを得なかった。
(ヤバっ!)
鈍い音は打ち損じた事を示していた、打球は力なく三塁線上を転々としていき、三塁手が前に出て取ろうとする。
慌てて走りながら、雄一は切羽詰まった叫びを心の中で漏らす。
(切れろ!)




