春 - 31
「あ、もう交代になっちゃいましたよ~」
ヒットの出ない水美野球部を嘆く舞花。
「ヒットが出ないって、そんなまずいの?」
「当然ですよ!」
食ってかかるように返答され、早希は驚いて一歩後ずさった。
「色々意見はありますが、6回3失点が先発投手の内容の良し悪しを判断する一つの基準なんです。つまり6回までに3点取られたとしても、それは良い方って事なんです」
「へ~……」
「相手のピッチャーは失点するどころか、失点に繋がるヒットすらまだ許してないんです!」
「……かなり良い、って事?」
「完璧です!」
と熱弁する舞花。
「臣川先輩も悪くなかったんですけどね~」
独り言なのか説明しているのか、グラウンドの方をずっと見ながらの舞花の語りをなんとなく聞きながら、早希は無意識に視線を泳がせていた。
(あの人は出てないのね)
以前話を聞いた時は、試合に出ていたような口ぶりだったので、その姿がお目にかかれると思ったため、少し期待外れだった。
「中光先輩ですか?」
ひょこんと視界に現れ、舞花がそんな事を聞いてきた。
「は、はぁ!? 何言ってんのよあんた!」
柄にもなく出た大きな声で狼狽する早希。
「いや~鈴浪さんと野球部の共通する事っていったら、あの先輩ぐらいしかないじゃないですか~」
「っ、別に共通点なんてないから」
「またまた、その反応の仕方がもう似てますよ。先輩も鈴浪さんの事を言ったら、そんな風に取り乱してましたし」
そこまで言って、舞花はあっと口を紡ぐ。
それを見て早希は嫌な予感がして、
「あんたもしかして、あの人に私の事何か話した?」
「え、いえいえ話してませんよ? 先輩が鈴浪さんの事を気にしていた事を伝えた事を伝えたぐらいです」
「話してるんじゃない! 口軽過ぎよあんた」
すいません、とうろたえながらもどこか反省しているようには見えない。
やれやれと早希は溜め息をついて、その場から立ち去ろうとする。
「行くんですか?」
「友達にランチの場所取りして貰ってるの、待たせると悪いでしょ?」
あんたも部活中でしょ? と尋ねると、舞花はそうでしたと驚くようにして、くるりと体の向きを変えてグラウンドの方へ向かおうとする。
「あっ!」
そこで元々甲高い声の舞花がさらに音程を高めて短く叫んだ。
「どうかした?」
「いえ、先輩が……」
不穏な雰囲気を漂わせた言い方に、早希は気味の悪さを覚えて、立ち去ろうとしていた足の向きを再び戻した。
「……ん、あれって」
そして遠くのグラウンドに見える光景に、早希は小さく驚くように目を大きくした。




