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春 - 29

 大型連休の初日の土曜日、この日は授業はなく朝から早希は走って走ってとにかく走る練習漬けであった。

「よし次、生田しょうだ皆川みながわと鈴浪!」

「はい」

 名を呼ばれた3人がスタートラインに立つ。実戦を想定した学年関係ない百メートル走だ。

 飯川がスタートの笛を吹き、クラウチングの状態から前方へ勢い良く飛び出す。

 地を蹴り、四肢の筋肉を引き伸ばし、少しでも前に速く進もうともがく。

 視界の景色は目まぐるしく変わり、生ぬるい風が体を撫でる。

 たった十秒の間に体は熱気を帯び、汗が肌から噴き出し、呼吸が苦しくなる。「っ……つはっ!」

 ゴールを駆け抜け、徐々に走る速度を落として呼吸を安定させる。

「皆川と鈴浪ほぼ同着! デッドヒートだな!」

 飯川の言葉で初めて自分が一着争いをしていた事に気づく。

「ひゃ~鈴浪ちゃん速いね~まいったよ~」

 3年生の皆川に肩を叩かれ誉められて、早希は小さく会釈する。

 午前中、3回の競走で早希は全て上級生と競り合い、一回は一着となった。結果としては最高と言っていいかもしれない。

 だが、早希の気持ちはまだすっきりしなかった。

「……町谷先輩と勝負したい」

 女子短距離のエース町谷とは偶然にもまだ同じ組になっていない。

 同じ人間と当たらないようになっているとはいえ、体力が万全の状態で臨みたかった。

 少し焦らされてる気がして、落ち着かない。

「おーしとりあえず午前の練習はここまでだー! 続きは飯食った後1時半からな~」

 と、全員が3回目の競走を終えたところで飯川が昼休憩に入るよう部員に指示する。

 よっしゃー飯だーと部員達から歓喜の声が上がり、昼食を取るべくそれぞれ散っていく。

「早希~、中庭行こ~」

 早速エリナが予めテニス部の華那と決めておいた昼食場所へ誘ってくる。

「うん。顔洗ってからいく」

「あそこのベンチ競走率高いから、私先行ってるよ~」

 タオルを肩に掛けながら小走りで中庭へ向かっていくエリナを見送って、グラウンド端の水道に近づく早希。

「あっ! 鈴浪さん!」

 蛇口を捻ったところで背後から声をかけられ振り返ると、両手で大きなバケツを持った野球部マネージャーの舞花が立っていた。

「あ、っと、円山、だよね」

 手を水で冷やしながらそう言うと、はい! と元気な声で返される。

「練習終わりですか?」

「うん、これからお昼。そっちは?」

「野球部は今練習試合の真っ最中なんです!」

「へ~……」

 そう言われて野球部が使っているグラウンドへ目を泳がす。

 真昼の日差しが照りつけるダイヤモンドの上には見慣れないユニフォームを着た人間が9人、そして水美野球部の部活が打席に立ち、審判役にまた4人程生徒らしき人物が見える。

 ベンチからは絶え間なく声援が飛び、やかましい事この上ない。

「余所の高校呼んでるの?」

「はい! 安喜第一ってとこなんですけど、知りません?」

 小さく首を横に振る早希。

「甲子園にはまだ出た事ないんですけど、去年から急に強くなったとこなんですよ。秋は地区大会ベスト8まで行ってましたし!」  

 相手のチームについて嬉しそうに話す舞花は、選手達が使うタオルを濡らして冷やすために水道まで来たらしく、一つずつ濡らしては程良く絞ってバケツへ戻していく。

「へ~……で、勝ってるの? なんか向こうの選手の方が盛り上がってるみたいだけど」

「そうなんですよ!」

 一気に眼前まで距離を詰め、舞花の声が一際大きくなる。びびってやや仰け反る早希に、舞花は続けてこう言った。

「6回まで進んでいて、向こうの投手、パーフェクトなんですから」


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