春 - 28.5
朝、とある高校の駐車場に停められたマイクロバスの中で、その高校の野球部顧問が椅子に座る部員達の前で、快活な声で話を切り出す。
「到着時刻と試合開始時刻を間違えていた! 申し訳ない!」
直後、ドッとバスの中に部員達が大笑いが響き渡る。
「先生~~、俺が遅刻したらむっちゃ怒るくせに人の事言えないじゃないっすか~」
「馬鹿! お前は週一で遅刻する常習犯だろうが!」
「俺達も向こう行った時謝るんすか~」
「あー謝らなくていいからジッとしてろよ? 向こうは名門なんだからな」
「俺達は平凡って事っすね~」
緊張感のない部員達に、あまり諭す気もなさそうな顧問、普段から部活に臨む態度の程度や空気が気の抜けたものなのかが分かる。
「まあ安心しろ。名門と言っても、春の県大会ではこちらの方が成績は上だったんだからな!」
「確かにそうですけど~」
「3試合で取った5点のうち3点は相手のエラー絡みで自慢にはならないですって~」
またワハハハとだらけた笑いがバスの中を満たす。
「ま、その様子なら誰も緊張などしていないようだな! いつものように戦っていくぞ! お前らがなんとか点を取ってケンタローが抑える、いつものパターンでな!」
顧問がにたりとしながら目を向けた先の席には、やかましい部員達の中では比較的大人しくしていた少年だった。
「……はは、そんな上手くいきませんって」
爽やかな印象を見た者に持たせる整った顔立ちをしたその少年は、肩をすくめて苦笑いする。
「大丈夫だって! ケンタローはあの県商相手に完封したんだぜ?」
「俺らがなんとかして1点は取るから、頼むぜ!」
「なんとかってなんだよ」
「ん~……振り逃げとか?」
ギャハハと笑いの絶えない様子を、ケンタローと呼ばれた少年は静かに笑みを浮かべて眺めていた。彼等は私立安喜第一高校の野球部。
ケンタローこと前山賢太郎はその野球部のエースである。安喜第一は名のある強豪ではないものの、昨年の秋季地区大会でベスト8まで進出した経歴をつ。
その大会での全試合、前山は一人で投げ抜きまさに大回転の活躍を見せた、確かな実力の持ち主であった。こんな野球無名校にいるには勿体ないくらいに。
「よし行くぞ!」
ようやく動き出したバスが向かう先は、練習試合を行う対戦相手の学校だ。安喜第一と違って名は知られているが、近年は成績の振るわない、水美という名の高校に。




