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春 - 28

 二球連続して外への直球、雄一はいずれもなんとかカットして凌ぐ。

 三球続けて打ちにくいコースへのストライクを入れてくる制球力はさすがだ、ファールに出来ただけ運が良かった。

(そろそろ決めたい筈だよな……)

 業を煮やしながらも、ピッチングの質は落ちてはいない。

 そうそう狙い球は来そうにない。

 だからこそ、見逃すな。整理しろ、臣川という投手の情報を。

 強気、真っ直ぐ、短期、高い制球力、早く打ち取りたがっている。

 そして何よりも、この勝負は20人連続無安打がかかった、大事なもの。

 なら自信のある球で、彼らしい攻め方で、節目の打者を抑えたいと思うのではないか?

(臣川の……得意な……!)

 狙いを絞りきり、待つ。

 臣川の投球間隔が、数秒開いた気がした。

 さっきまでは早いテンポで外への球、その攻め方に変化があったとするなら……。

(来い……!)

 臣川が左足を高く上げて、それから右腕を思い切り振り切る。

 刹那、気迫の込められた彼の眼光と視線が交錯したが、それに萎縮する事はなかった。

 なぜなら、これからするべきバッティングが、はっきり理解出来ていたからだ。

「らぁっ!」

 聞く者の肌を震わせるような快音が鳴り響き、臣川のインコース高めの直球を弾き返した。

「ぅあっ!?」

 まさかといった声を漏らし、臣川が顔をしかめて打球の方向を見る。

 雄一の引っ張った打球は低い弾道でレフトの頭を越えていくライナーとなり、烈火の如き速度でフェンスの上部にぶち当たった。

 ガシャーンと盛大な音と打ったバットの金属音だけがしばらくグラウンドを支配する。

「……ふぅっ」

 それを、スイング仕切った後勢いそのままに雄一が放り投げたバットが地面に落ちる音で、その場の全員が我に帰る。

「うおおおおおおおお!」

「すげえぇ!」

「中光が打ったぞ!」

「沼山さんより高いとこに当たったんじゃねぇか!?」

 部員達が一斉に声を上げ、今の雄一のバッティングに驚嘆する。

 その歓声と、ようやくフェンスにたどり着いて球を拾うレフトを確認してから、自分が打ったのだと自覚した雄一は、じわじわ体内に湧き上がる熱いものに急かされるように、

「……おっし!」

 短く力強い声で、盛大に右手でガッツポーズした。

 完璧な当たりだと、信じて疑わなかったから。

「くそっ!」

 雄一の一打に盛り上がる野球部員と対照的に、臣川が打たれた悔しさを爆発させる。グラブを叩き付け、踵でマウンドを蹴り上げる。

「こら臣川! 八つ当たりするな!」

 マネージャーの植野に注意されるも、臣川はさらにふてくされてぶつぶつと何か呟いている。

「あれは根に持つぞ」

 南田が臣川の荒れ模様を見ながら呟いた。

「それは、面倒っすね」

 冷静を装ったが、久しぶりの快打に興奮が抑えられず、雄一は早足で打席を後にした。

「やったね雄一!」

 列から顔を覗かせた乃村がにこやかに笑って称えてくる。

「まぐれだまぐれ」

照れ隠すように早口で返事して、打順を終えた雄一はバットからグラブに持ち帰るためにグラウンド隅のベンチへ戻る。

「……俺よりも高く飛んだな」

 沼山がファーストミットの感触を確かめながら、僅かに口元を緩めて言葉をかけてきた。

「考えて打ってみましたよ」

「……それで良い。才能ある奴が打たないと4番はプレッシャーかかるからな」  控え目なテンションながらも、レギュラーで4番沼山に誉められて、嬉しさが込み上げくる。

(やる気出してやったぞ!)

 気が付くと、雄一はとある方向に向かって、心の底で自慢するように叫んでいた。

「……なにどや顔してんだ」

 気にしないようにしても、自慢したくなってしまった。グラウンドの向こう側にいるであろう、自分より真面目に部活に取り組んでいるであろう、後輩の女子に対して。

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