春 - 27
(真っ直ぐ狙いを読んだ上での落ちる球……!)
放たれたのは最初はストライクになる高さから、ぐっと真下に落ちていくフォークボール。
僅かに動いたバットを握る手を制止させ、誘い球を見逃す事に成功する。
「ボール!」
空振りを奪えず、臣川が露骨に顔を歪める。
やはり今ので追い込みたかったのだろう、臣川はすぐさま投球準備に入った。(イライラしてんな……)
次こそはストライクを取りたいに違いない。だが甘いコースには放りたくない筈、とすると臣川が一番自信があるであろう……。
「うおっ」
考えを遮るように、再び胸の付近へ直球が投げ込まれた。
「ストライク!」
これで追い込まれた、後ろの部員から小さなざわめき。
「ツーツーだぞ」
「知ってますよ」
南田を見ずに言葉を返しながら、雄一はやや首を傾げる。
(投げる間隔が早くなったような……)
確信はないが、そう感じたという事は臣川に何らかの変化があったのだろう。
ならその変化がどういうものなのか、読みとらなければ。
今度は臣川に一球外しても良い余裕が生まれた。
ここはボールで空振りを誘うのが安全策だが、
「っ」
また間隔が早い、思わずバットを何気なく構えた雄一の視界の端に映った臣川の表情は、対戦前よりも曇っている。
(焦ってる?)
球はアウトコースのやや高め、浮いた球だがコースはバットの先端が届くか届かないかの差、振りたくなる突発的な感情を、冷静な感情が押し止めた。
「……ボール!」
際どい判定に部員の溜め息が漏れる。
「なっ」
何か言いかけて、臣川は雄一に対し背を向けた。
(今ので決めたかっただろうな)
フルカウントになり、互いに追い込まれた。
いちいち確認しなくても、マウンドを荒々しく踏み慣らす様子から苛立ちが増しているのが分かる。
(……入れてくる筈)
フォークで空振りを誘う可能性はあるが、振らなければ四球だ。
たかがシート打撃でも、20人連続無安打を達成したいという意志が臣川の投球や雰囲気から伝わってくる。
それを四球で自滅するのは絶対に避けたいだろう。
(真っ直ぐ一本、甘いとこ限定……!)
テンポは早い、なんとか抑えようという気持ちが高ぶっているようだ。
彼の決め球の真っ直ぐが来る確率は高い、狙いを絞らなければあの球威のあるストレートは捉えられない。
臣川が息を吐き、目に力を込める。
6球目、しなる腕から投じられたのは真っ直ぐ、コースは外低めいっぱい! 「んん!」
腕を千切れるくらい伸ばして、バットの先でボールに掠らせる。
入ればストライクなのは分かっていた、だがヒットに出来そうになかった。
だから打つのではなく、当ててファールにする事を選んだのだ。
「あーくそ!」
悔しがる臣川の雄叫びがグラウンドな響く。
対する雄一はなんとかカット出来て安堵した後、一つ深呼吸する。
ここからは捉えられない球はカットし、甘い球を打つ、外れれば見逃す、そんな攻防。
今までにない緊張感、一年の時初めて公式戦に出た時よりも張り詰めた、緊迫感。
先程の石中との勝負では感じられなかったこの感覚に、雄一は苦しさと共に高揚感を抱いていた。
沼山が口にした漠然としたやる気を、結果に繋げようとする。
それが出来ていると実感出来ていた。
なぜなら、
(バットも体も軽い……!)
投手との駆け引きに、雄一の体が熱くたぎっていたからだ。




