春 - 26
やる気が空回りしている事を見透かされ、雄一は息を呑む。
「……俺も、考えて打ってる。お前も、攻めて振って見ろ」
そこで今度こそ会話は止まり、そのまま次の打席が回ってくるまで二人が口を開く事はなかった。
やがて打順は二周目、投手は石中から二年生の臣川に変わる。
(やる気の、内容か……)
ただやる気があるだけで打てるようになる訳じゃない。やる気を努力に変え、結果として昇華しなければ意味がない。
深呼吸し、頭の中をクリアにする。二番手臣川に対する沼山は3球目のインコースの直球を打ち上げてのレフトフライに倒れた。順番が回り、打席に向かう雄一。
「おっしゃあ! これで19人連続ぅ!」
マウンド上から聞こえる叫び声は、投手臣川のものだ。二年生ながらエース候補であり、石中ともその座を争っている、乃村と共に二年生の出世頭である。「臣川の奴、これでシート打撃で19人連続無安打だぞ!」
「沼山さんまで抑えちまった」「調子良過ぎだろ!」
周りの部員が感嘆の声を上げている。
「おい中光! 空気読んで凡退しやがれよ!」
大胆に指を指して挑発してくる臣川、実力を自覚した上でのあの威圧的な態度は、雄一の苦手なタイプの筆頭だ。
「……調子は最高、か」
あの手の人間は感情がすぐ表面に出る。挑発する余裕があるという事は、それだけ今の自分に自信があるという事だろう。
(腕試しだ)
相手を見ろと沼山は言った、感情的な臣川は、自分がどれだけ相手を分析出来るか知るにはちょうど良いと雄一は思った。
「南田さん」
「あん?」
「20人目を見たいからって、贔屓ジャッジしないで下さいよ」
あんだと、と南田は喧嘩腰に言葉を返すが、雄一は意に介さない。プライドは高いが真面目ではある南田なら、ああいう事を言っていれば臣川寄りの判定はしないだろうと思ったからだ。
(まずは見る……)
投球モーションになる臣川を、黙って見つめる。
右足を高めに上げて、ダイナミックに腕を胴体ごと振りかぶる。石中と対照的なパワフルな投球をする タイプだ。
(……違いの前、奴のモーションを覚えねぇと)
臣川に意識を割いている内に一球目が投じられる。
「……っうお」
胸元に近い位置への140キロ後半の直球。雄一は軽くのけぞって打席から外れる。
「ボール!」
ジャッジと裏腹に臣川はニヤリと口の端を吊り上げている。
今の一球だけでも、臣川が攻撃的な投球をするというのがよく分かった。
(大丈夫だ、見えている)
臣川の勝ち気な性格なら、厳しいインコース攻めも予想しやすい。すぐに打席に戻り、バットを構え直す。
二球目はアウトコース低めへの直球、無難だが球の伸びが良い。
南田のコールはストライクだ。
(広め、か)
ストライクゾーンの幅のイメージを浮かべ、頭を整理する。
カウント1ー1、臣川なら次はどう攻めるのを好むか。
(バッター有利になるのは嫌う筈、ならストライクを取りに来る。問題は……)
球種とコース、臣川は基本ストレート主体の投球をする。変化球はあくまで直球を活かすために、一打席で一球投げるか投げないかくらいだ。
(今日の臣川の奴は自信に満ちてる。なら真っ直ぐで押してきそうだが……)
そこで雄一は前の打者の沼山の打席を思い出す。沼山と臣川の勝負は3球で決着がついた。
その時は内への真っ直ぐ、外低めへの真っ直ぐと続いた。
その時点で追い込まれた沼山も同じように、調子の良い臣川なら直球勝負でくると思ったのだろう。
そして、その後沼山は3球目、彼が空振りを喫した球は……。




