春 - 25
大して汗もかかず、雄一は一打席目を終えた部員の列の最後尾につく。
「……投球練習させた感じだな」
片膝をついた中腰姿勢したまま、沼山が呟く。
「打ちにいきましたよ」
「……すごいって思ったか?」
聞き取りづらい声で質問され、雄一が小さくはいと答えると、
「俺は思わなかった」
「それは……」
先輩がレギュラーだからですと言いそうになってやめる。なんだか言い訳にしか聞こえなくなって嫌になったからだ。
「イシ、あいつあんま良くないぞ。調子」
「え?」
まさか、と雄一は少し眉をひそめた。あれだけ正確無比なコントロールで調子が悪いと評するとは微塵も思えなかったからだ。
「……良い時のあいつはもう少し、テンポ遅い」
「え、そうっすかね?」
「……あぁ」
それを見極められてるかないかが、先程の打席の結果の差なのだろうか。
悔しさの裏に、どこか諦めに近い感情が見え隠れしていた。やってやろうという気持ちで打席には入ったのだが。
「よく気づけますね、俺はさっぱりでしたよ」
「……知ってたか知ってなかったの差だ」
それだけっすかね、と遠回しに実力の差だと言ってみる。
「……相手を知っていれば、狙うコースやタイミング、予測出来る。知らなければ、まず相手について探る事から始まる。受け身になっているかないか、その時点で差が出来てるんだ」
「受け身、すか」
来た球を打つのがバッターな以上、受けて立つのは当然だが、どうやって待ち構えるかに違いがあったと沼山は言いたいのだろうと雄一は解釈する。
「もっと相手を見ろ」
アドバイスというよりは命令のように、沼山が呟く。
「見る、っすか?」
「……何も考えなくても打てる時もある。昔のお前はそうだったんだろ?」
彼の言葉に息を呑む。一年の時、雄一は難しい事を考えずに野球をしていた。試合に出ればヒットを打つ、打てないのではというプレッシャーが皆無だった。「……けどずっとそれが続く奴、そうそういない。打つって事、つまりは受けて立って勝たないといけない。勝つためには、勝つための情報がいる」
「だから、相手を見ろっすか?」
「あぁ」
一度沈黙が起き、会話が終わったと思ったくらいに合間をおいて、
「貪欲なやる気と漠然としたやる気全然違うぞ」
一段トーンを下げた重々しい声で、そう口にした。




