二年目 春 ー34
「どんなんなん、あのピッチャーは」
一度ベンチに戻った四番空木が、マウンドに上がる水美の二番手ピッチャー播磨を見ながら、先程伝令も行ったスコアラーを兼ねる見世川に尋ねる。
「球速は百三十キロ代、球種は真っすぐとシンカーだと聞いてます」
「右と右なら足元に来るか……真っすぐ狙えよ、マッツ」
「端からそのつもりよ、俺は!」
ネクストバッターズサークルでバットを振っていた松永は、相変わらず大きな声で叫ぶ。
「矢内に負けず勢いで野球やっとんなぁ、あいつ」
溜め息をつきながらバットを持ち、グラウンドに出ていく空木。
「プレイ!」
アンパイアの声を合図に、試合が再開される。
一塁ランナー井波が小刻みに足を動かし揺さぶる中、播磨は早いタイミングで一球目を投じた。
「ふんっ!」
初球狙いでフルスイングする松永、しかしボールは足元に深く沈んで空振りになる。
「なんや、変化はしとるが、なんか見にくいな」
ネクストバッターズサークルで空木が呟くのも束の間、返球を受け取って数秒立たず、播磨は二球目を投げるモーションに入り始めた。
「おいおいま、」
そして投じられた二球目、今度はアウトコースに大きく外れるシンカー。
松永は体勢が崩れるようなくらいの大振りでツーストライク。
「なんやあいつ、ポンポン投げてくるな……」
そう呟くのも束の間、播磨はすぐさま投球モーションに入っていた。
「マッ……!」
松永に忠告しようとするも、インプレー中である事に気付いて咄嗟に口を紡ぐ空木。
そして投じられた三球目は真ん中低めに沈み込み、松永は下から上へアッパー気味の空振りを喫し
てしまった。
「なん……分析も何もないがな」
「ハッハッハ! あいつの球見えんな!」
「見とらんかったやろお前」
笑いながら戻っていく松永の肩をすれ違い様に小突きながら、打席へと向かう空木。
「ざっす!」
空木の挨拶に、乃村は柔らかい王子スマイルを返してくる。
(余裕のあるカッコイイ奴は癪やのう……)
心の中で悪態をついてから、マウンド上の投手播磨を見据えた。
(種明かしすりゃ、投げ方のクセやな。あいつ)
播磨という投手は、球速が早い訳でもなければ制球が良いようにも見えない。
ただ、構えるまで、構えてから投げるまでがとにかく早い。
空木が打席に入ると、播磨は案の定すぐに投球モーションに入っていく。
「ふんっ!」
真ん中低めに入ってきたシンカーをコンパクトなスイングでカットする空木。
打球が後方へと飛んでファールとなる中、一度打席から大きく離れて手袋を嵌め直す。
(いってぇ、見た目以上に沈んでくる球やな)
手首を数回振ってから、空木は席に入り直す。
播磨は一秒も満たない中ですぐに二球目を投げる態勢に。
「早いって、の!」
対して空木はバットの柄を短く持ち、迎え打とうとするが、直前で両腕をひっこめる。
「ボールッ!」
僅かに外れてワンボールワンストライク、ここで空木は再び打席から、今度はギリギリ足がライン
にかからない程度に外れた。
「ズレてないでしょ、手袋」
後方から聞こえてきたのは、キャッチャー乃村の声であった。




