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春 ー 19

 見れば学校指定の紺色のジャージを着たベリーショートの女子がいた。

「危な……」

 彼女は両腕にタオルやスポーツドリンクを抱え、それに視線を遮られていてフラフラとした足取りになってしまっている。

 このままではぶつかりそうだ、避けるついでにとっととこの場から立ち去ろうとする早希だったが、

「よし、バランス取れた!」

 本人は持っているものが安定したと思っているのか、進める足を速くし出す。「は、ちょっと待っ……!」

 急いで回避しようとする早希だったが、向かってくる女子生徒は思いの外すばしっこく、

「うわっ!?」

 体当たりされそうになったところを、早希は反射的に身を翻しながら持っていたゴミ箱でブロックしていた。

「ぐへ!」

「あ、やば」

 身を守るためとはいえ、ゴミ箱にぶつかった女子生徒は持っていたものを地面にぶちまけ、顔から豪快に倒れ込んでしまった。咄嗟の事とはいえ、ちょっとマズい。

「えっと、大丈夫…?」

 早希は駆け寄って倒れた女子生徒の身を案ずる。

「ててて……あ、平気平気平気です! ごめんなさい前が見えてなかったものですから」

 頭をポリポリと手で掻いて、明るく苦笑いをしている。どうやら怒ってはいないようで、ひとまず安心する早希。

「ん」

 手を貸して立ち上がらせてから、早希はある事に気が付く。

 それはまだ表紙にテカりのある新品のノートで、太いマジックでタイトルらしき言葉が書かれていた。

「スコアブック?」

「あ、はい! 私野球部のマネージャーなので!私のじゃなくて先輩から借りたのなんです、あ、このタオルとかドリンクとかは学校の冷蔵庫に入れたの忘れてて、グラウンドに持っていく途中だったんですよ。ほら必要不可欠じゃないですか水分補給って。まあそれを忘れちゃってこうして慌ててたところなんですけどね」

 聞いてもないのにベラベラと言葉が飛び出してくる。

(あ、めんど)

 放っておいても話し続けるタイプなのだろうと一瞬で悟った早希はすぐさま話を切り上げようと適当な笑いを浮かべていたが、

(野球部の……マネージャー)

 野球部という単語が気にかかって、立ち去ろうとした足が止まってしまう。「あんた、野球部なの?」

「はい、マネージャーですけどね」

「マネージャー、楽しいの?」

「はい!」

 何気なく尋ねた質問に迷いなく即答され、戸惑う早希。

「よく自分はしないのに楽しいのかって言われるんですけど、やっぱりそのスポーツを好きかどうかが最後は重要になると思うんです。マネージャーはいつも裏方でしんどい割に見返りが少ないって思われガチですけど、野球が好きでマネージャーをするやる気があるからやってるんです。部員を見て自分なりにオーダー考えたりとか、部員それぞれの疲労の箇所とか具合を予想して素早く手当てしたり、好きな野球に関われてるのは事実ですし、好きだからやってるんですよ」

「……ほんと、好きじゃないと出来ないわよね」

「はい?」

「ん、野球部の男子と付き合うのが目的とかじゃないのね」

 ポツリと漏らしていた言葉に反応され、適当にそれっぽい返しをする。

「いやいやいやいや! そんな邪な気持ちでやってませんから!」

 手をぶんぶん回して必死に否定する彼女を見ていた早希は、その顔を校内で見かけた事があるような気がした。

「あんた、もしかして1年?」

「? はい、3組です」

「私は1組よ、あぁ、同じ1年だから、見覚えがあるのね」

 水美は本校舎の一階から1年、2年、3年と学年ごとに教室が割り当てられており、授業の合間の休憩時間にトイレに向かう際にでも目に映ったのだろう。「私は円山って言います。円山舞花まるやままいか

「1組の鈴浪、よろしくね」

「はい! 鈴浪さんは何部ですか?」

 陸上だけど、と答えると、舞花と名乗った女子生徒は何かを思い出したかのように目を見開いて、

「もしかして先輩が言ってた、先輩を挑発した人ですか?」

 言われて、ドキッとした次に額から冷や汗が流れ出てくるのが分かった。

「……先輩って、名前は?」

「中光先輩です。もしかして知ってます?」

 やっぱり、と早希は顔をしかめ、なんで初対面の彼女から彼の言葉を聞かされるのかと困惑する。

「挑発って、何を聞いたの?」

 尋ねると、舞花は数秒ほど慌てるように口をあわあわさせてから、

「いや大した内容ではないんですよ?ただこの前先輩から鈴浪って生徒知ってるか聞かれて、なんでそんな事を聞くのかって言ったら、前にプレーに関してバカにしてきたって。最初は怒ってるのかと思ったんですけど、私が鈴浪さんの事知らないって知るとなんだかつまらなさそうにしてて……」

「……それ、私に話して良かったの?」

 あ!とまた一人で慌てる舞花。

「つまらなさそう、ね」

 あの先輩が何を考えているのかは未だに分からない。あまり関わろうとしてる訳ではないが、こうしてまた彼の名を聞くと、変な縁のようなものを感じて複雑な気分になる。

「あ、ゴミ捨てないと」

「あ! 私も早くこれ持っていかないと!」

 ではまた! と元気に笑顔で手を振って舞花は集めたペットボトルやタオルを抱えてグラウンドの方へ走っていった。

「……急ご」

 早希もまた部活に遅れないためにゴミ捨てを済ませようと早足で行動する。(最近野球部と関わり過ぎてない?)

 気にするつもりがなくても野球がちょくちょく話題にあがる、そんな今までとは少しだけ違う学生生活に違和感を抱きながら。

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