春 - 1
4月、水美高校に新入生が入学する時期が訪れた。
スポーツの面で県内に若干名を知られるこの学校では、4月は各部活が部員勧誘に躍起になり、昼休みや放課後はいつも学校中が騒がしくなる。大抵4月は体験入部する期間という風習があるこの学校では、早い段階で部活を決める者は少ない。
これ以外は嫌、これをやりたいと比較的強い希望がない限りは。
鈴浪早希もまたその一人である。
中学陸上部に所属し3年の時は100メートル走で県大会に出た経験があり、本人もその経験から陸上部に早々と入部した。
決して未来の五輪候補といった天才肌ではないが、部の有望株ではある。
「はっ……はっ……」
外周を終え、ゆっくり歩いて激しく動く心臓を鎮める。
「おっつー早希」
横合いから女子の軽い声がして、早希は汗を拭いながらそちらを振り返る。
クラスメートで部活仲間のエリナ、楽しく運動したいタイプでムードメーカー的な存在だ。
「ありがと」
差し出された水を受け取り喉を潤す。
「真面目ね~」
「当たり前。でないとやってられないでしょ」
早希はやりたい事は全力だが興味ないものには全くと言っていいほど関心を持たない。勉強でも好きな英語や歴史は得意だが、嫌いな数学にはやる気が全く湧き上がらないのが彼女である。
「この学校でガチな部活って、野球ぐらいじゃん。どこもうちみたいにヘラヘラしながらやってるわよ」
「野球……」
この高校の野球部は過去3回甲子園に出場経験のある、ファンには古豪として知られ今でもベスト8ぐらいまでは毎年勝ち上がっている実力高だ。
だが同時に優勝には届かない、準々決勝止まりの強豪とも揶揄されているらしい。
「やりたいようにしてるだけよ」
「クールねえ」
顧問の休憩終わりの合図に早希はキリと目つきを変えて、練習へと戻っていった。