二年目 春 ー26
七回裏、臣川は続投となり、代打で出場した雄一はライトの守備につく事になる。
「打つだけじゃなく、ちゃんと捕れよ」
グラウンドに出る前、雄一の背中を叩きながら、臣川はそんな声をかけてきた。
「分かってるっての」
相変わらずの口の厳しさだが、同点に追いついて高揚した感情のせいで、それすらも激励に聞こえた。
先頭バッターのキャッチャー木田は、臣川のストレートをファールで粘るもショートゴロに倒れる。
そしてピッチャー羽場のところで筑紫ベンチが動いてきた。
『バッター、羽場君に代わりまして、益子君』
代打に送られたのは右バッター、体格は細身に見えるが、ネクストバッターズサークルでのスイングは鋭く見える。
と、そこで乃村からサインが送られる。
「……長打警戒、ね」
センター上和を一瞥しながら、雄一は定位置より後方へと後ずさりする。
守備練習を怠ったつもりはないが、試合で守備につく機会は冬の間も殆どなかった。
(ファインプレーしなきゃいけない訳じゃない、ちゃんと打球を見て……)
脳内で自分に言い聞かせながら、雄一は同点打を放った興奮状態から気持ちを守備に切り替えさせる。
直後、ガキンと甲高い音が遠くから鳴り、歓声が巻き起こる。
代打に送られた相手バッター益子が、臣川の初球をフルスイングした音であった。
そして打球が向かう先は、
「こっ……! くんなよ!」
打球は雄一の待つライト方向、しかも彼から逃げるような軌道でファールライン際めがけて弧を描
いていく。
切れてファールに、という考えを捨て、ボールが飛ぶ方向めがけて走る。
(くそっ、疲れてんだよ足が……!)
もう落下後のクッション処理に切り替えて動こう、ツーベースになっても仕方がないような難しい打球だ。
エラーするよりはマシ、せっかく追いついたのだから。
どんどんネガティブな予想が浮かんでは消え、最善から無難な判断のするように体が動こうとする。
『お前はいちいち気にしすぎなんだっての、俺なんて後逸しても次の打球捕れば良いぐらいの気持ち
でやってんだからな?』
その直前、脳裏にフラッシュバックした、誰かの言葉。
「……ぎっ……!」
次の瞬間、雄一は打球が落下するであろう地点めがけて、足からスライディングするようにして芝
の上を滑ってみせた。
ライナーの打球は雄一の懐めがけて飛び込み、構えられていたグラブに突き刺さった。
「おぅわ!」
一度弾かれたそれを、雄一は横になったまま右手を伸ばし抱きかかえるようにしてグラウンド上に落ちるのを防ぐ。
「……アウトーーーっ!」
近寄ってきた塁審が手を掲げてコールし、どぉっと歓声がスタンドから飛び出してくる。
「あっ……ぶねー」
上半身を起こした雄一、視界の向こうではファーストの旗川を始め内野陣が腕を掲げたりグラブを叩くなどして喜んでいる姿があった。
その中で、マウンド上の臣川はこちらに半身を向けたまま、すぐにロジンを触って次の投球に気持ちを切り替えているように見える。
「ファインプレーだぞ、俺の」
「そうだよなぁ! 雄一!」
横から上和が笑いながらそう言って、手を差し出してくる。
「よく捕ったな、ワンバンしたの捕っても良かったってのに」
「……言われたからな、逸らす事を気にすんなって、お前に」
「そうだったっけ?」
起き上がる雄一に対し、上和は首を傾げて元のポジションへと戻っていった。
「よし、よし……!」
まだちゃんと、一選手として活躍出来る。
まだこの試合の、一員として関われる力がある。
密かな自信を宗に、雄一は僅かに頬をしかめながら、守備位置に足を進めるのだった。




