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二年目 春 ー25

「なん……何人、返った……!? 同点……!?」


 二塁を回ったところで、息が上がって肺が苦しくなる中で、雄一は外野とホームの両方に目をやり、状況を確認する。


 打球が落ちたのを見てからは、とにかく必死に走った。

 

 レフトが打球を追いかけているのが見えると迷わず二塁を蹴った。


 スリーベースなんて打つ事自体が少ないのだ、目まぐるしく状況が変化していくのに頭がついていかない。


「先輩! 余裕です!」


「おう……分かってる!」


 三塁コーチ塩屋に応えながら、視線を再度外野へ動かす雄一。


 見えたのは白球が未だ外野に転がったまま、追いかける野手のグラブに収まっていない光景だった。


「……まわ、」


 叫ぼうとして見返した塩屋の姿は、ホームへゴーのサインを示していた。


 雄一は減速する事なく三塁ベースの角を踏みつけ、勝ち越しのホームインのためにさらに走る。


「おぉっ!?」


 だが走り続けた上に、打球と守備を確認するために微かな減速と加速を繰り返した反動で疲労が蓄積していたのか、三塁を駆け抜けた直後に体勢を崩しかけてしまう。


「雄一! ボールが来るよ!」


 そこへ前方から聞こえてきた、最初にホームインした乃村の叫び声。


 彼が両腕をバタバタさせて早く滑り込めという合図を出している、という事はバックホームが来るという意味だ。


 振り返る暇もない、雄一はとにかく足を動かして走る。


 ホームまであと少し、そこで歓声がまたしてもどよめく、まるで恐怖を煽るような不協和音へと変わっていく。


「ばっ……マジか!」


 何が迫っているのか雰囲気で雄一は察する事が出来た、だから結果は分かっていても、キャッチャーを避けるように回り込みながら、全速力でヘッドスライディングを仕掛ける。


 気付けば足が重い、疲れている。


 筋肉をバネのようにするイメージで、雄一はキャッチャーの体を避けるように頭からホームめがけて突入した。


「……っ」


 セーフセーフ! とジェスチャーする、帰還したランナーである旗川と日野。


 しかし乃村は何かを言おうとしながらも、目の前で起きたプレーに口を開けて硬直したまま、ただただうつ伏せに倒れこんだ状態の雄一と視線を交わすだけであった。


「アウトーッ!」


 アンパイアが右手を天へと突きあげて判定を叫ぶと、甲子園全体の歓声がどよめきと溜め息へと代わり、次第に拍手が各所から巻き起こる。


「はぁ……はぁ……くそっ!」


 起き上がる途中で四つん這いの姿勢になり、地面に向けて悔しさを吐き出す雄一。


「……これ以上取られたら羽場ちゃんのメンツが潰れてたから、勘弁してくれや」


 そう声をかけてきたのは、バックホームのボールを受け止め、すかさず雄一の肩口にミットでタッ

チしアウトにしてみせた筑紫学院のキャッチャー・木田。


 横目に映った彼のマスク越しの表情は、安堵と苦笑いが滲んでいるようにも見えた。


「はぁっ……くそ……!」


「雄一! すごいよ!」


 悔しさに奥歯を嚙み締めようとしたところを、乃村が正面から両肩を掴んできながら満面の笑みを見せつけてきた。


「さすがは代打の切り札だな!」


「やべーよお前ほんと!」


 キャプテン旗川と西沢も何度もヘルメットを叩いて興奮気味に誉め言葉を投げかけられ、雄一は両腕で彼等を追い払うような動きを見せながら、


「だーっ! 分かったっての! 疲れてんだから乱暴にすんなって!」


「あはははは! ほら、立ってよ」


 差し出された乃村の手をとり、溜め息をつきながら腰を上げる雄一。


「これでニュースにも映るかもね、雄一」


「それは嫌だから、お前がホームラン打ってヒーローになってくれよ」


 苦笑を交わした後、雄一達四人の帰還者は、なおも湧き立つベンチに向けて小走りで向かってい

く。


 その最中、まるで自分の事のように大盛り上がりする観客席の中、水美高校の応援団のいるスタン

ドの方を見ながら、ボソリと呟いた。


「……走る時だけ、入れ替わってくれよ」


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