二年目 春 ー23
「ちゃんと何打つか決めとんやろう」
「……ずっと考えてますよ」
ネクストバッターズサークルに向かう前に監督からかけられた言葉に、雄一は素っ気なく返事をした。
「ならええわ、好きに振ってこい」
言われなくても分かってる、そう心でぼやきつつ、七番西沢がフォアボールで出塁するのを眺めていた雄一。
『水美高校、選手の交代をお知らせいたします。バッター、葵田君に代わりまして、中光君』
自身の名がコールされた直後、球場全体から沸き起こる拍手と歓声は、今まで地方球場での試合で聞いてきたものとは非じゃない大きさで、驚いた雄一は顔をしかめる。
(うるさ……どうせ俺の事なんて知らないくせによ)
大半の観客が、負けてるチームのチャンスだから応援している、その程度の期待を浴びせられてもプレッシャーにしかならない。
チームと無関係の人間の一喜一憂に付き合うつもりはないが、試合の勝敗を分ける場面である事は理解している。
「天才だったら、打てる筈だよな」
バッティングの才能だけはあると昔から言われてきたが、それでも他人より打てるなんて道理はない。
打つために頭と体を使うのは、他の打者と何も変わらない。
だから、打ってくれるだろうと勝手に期待されても、可能性は変わらない。
「……っしゃす」
主審と相手のキャッチャーに軽く頭を下げてから、打席に入る雄一。
マウンド上は速球と落差のあるフォークで水美打線を制圧してきた筑紫学院のエース、羽場。
(フォークは打ちにいく球じゃない、なら……)
投じられた一球目、アウトコース低めに投じられたストレートを、雄一は迷わずスイングする。
打球は鈍い音と共に後方へと高く弾かれバックネットに届き、スタンドがどよめく。
(甘めだったんだが、七回でまだこんな重いのか、あの球)
球数が増えれば増えるほど、投手の肩は消耗し握力も低下していく。
鍛え上げられたプロならともかく、まだ体の成長途上の学生ならば尚の事、球威と球速、そしてコ
ントロールは衰える。
雄一が勝負するのは、そういった『疲れてきた投手』だ。
おそらく初回で対決していれば、精神的にも実力的にも雄一は相手のエースには及ばない。
どうやって相手の隙をつけるのか、隙はそもそも存在するのか。
何球目が勝負球なのかなど分からない、雄一にとっては全ての瞬間が、その試合にとっての最後のチャンスかもしれないのだ。
そんな代打としての勘が鍛えられた彼だったからこそ、反応出来たのだろう。
雄一は、二球目に投じられた外角低めのフォークボール、それが高めに浮いたところを、ストレートを待ちながらも甘いと判断してバットの先で掬ってみせた。
先程よりも鈍い音、芯を外したせいで打球はフライ性の当たりのまま詰まってショートの後方、レフトの前方へと向かう。
「くっ……そ!」
打ち上げた、雄一の口からはミスショットした自分への苛立ちから荒げた声が漏れ、乱暴にバットを投げながら一塁へ走る。
しかし、彼が一歩足を進めるごとに周囲の観客によるざわめきが大きく、溜め息からどよめきへと変わっていくのが聞こえた。
ヘルメットのつば越しに向けた雄一の視線の先では、詰まり気味の打球が風の煽りを受けて不規則な軌道で落下していき、その落下点に向けて筑紫のショート、サード、レフトの三人が慌てた様子で
走っていく様子がある。
「あ、……!」
そして雄一が一塁ベースの真上を右足で踏む直前、互いに目を見合わせて立ち止まった三人の野手のど真ん中に、白球がバウンドするのであった。




