二年目 春 ー22
「先輩……?」
常に騒々しいスタンドの歓声の中でも、彼の名前が読み上げられるのを早希は確かに聞いた。
ゆっくりとした足取りでベンチから直接打席へと向かう選手、中光雄一。
「あれ~? あれって、早希の、例の、先輩じゃない~?」
「その言い方やめてって……すごい場面で、使ってもらえるのね」
「よく分からないけど、うちが攻めてるんだよね~?」
「そうだって、もう」
全く野球に詳しくないエリナの気の抜けた反応に溜め息をつきながら、グラウンドに目をやる。
背番号十七、才能はあるのにレギュラーになりきれない男が、今日ようやく初めて姿を現した。
『先輩は天才側に近いと思いますけど?』
かつて、彼に対してそんな事を言った気がする。
中光雄一自身は卑屈で、後輩にレギュラーを奪われたりもしたらしいが、それでも彼が野球部で活躍している事は知っている。
本人が認めていなくても、結果を出している彼に対して、早希は嫉妬も苛立つ事もあった。
だが、彼も彼の世界で、落ち込む事があるのだと知った時は意外だった。
「さぁー! チャンスだから応援していくよー!」
応援団の女子(確か芹崎といったか)が大声を上げ、煽られるように水美応援団のメガホンを叩く音が徐々に大きくなっていく。
「早希~? これ叩いた方がいい感じ?」
「ん……そうね、私は、そのつもり」
エリナにそう答え、早希は足元に置いていたペットボトルの水を口に含んだ後、今日一番強い力で両手に持つメガホン同士を叩きつけた。
「気合入ってるね~早希」
「いいから、エリナもやってよ」
バラバラだったメガホンの音も徐々にタイミングが合うようになり、それが球場全体の観客の手拍子を誘っていく空気に肌が粟立つ。
彼を知らない人間の多くが、今は彼に勝手な期待を抱いているだろう。
ここで彼が打てば面白い、負けているチームの方を応援したくなるのは人の性だ。
果たして早希は、彼女が中光雄一に抱いている期待というものは、そんな判官贔屓の念だけなのだろうか。
「……打ってくださいよ、才能あるんなら……!」
口から漏れ出たのは、期待の中に嫉妬の混じった、焦燥感の込められた言葉。
彼には才能がある、だからといって活躍出来るとは限らない。
だが早希は彼が才を発揮出来ず、周りにその実力を気付かれずにいるままである現状がもどかしかった。
だから打て、そんな勝手な意思が応援の真似をして、声となったのであった。




