二年目 春 ー21
「マッツッ!」
羽場の叫びにサード松永が難しいバウンドのゴロを前進しながら捕球しセカンドへ送球、アウトとなる。
ノーアウト一塁三塁の場面から、水美の五番慶野は浅いセンターフライで凌ぎ、六番西沢のサードゴロでも相手の三塁ランナーは進めずツーアウトまで漕ぎつけた。
「ツーダンツーダン!」
「羽場ー、ランナー無視して投げりぇー!」
バックの声を聞きながら一度大きく深呼吸して、羽場は先程の守備のタイムでの会話を思い返す。
『上々だろー、羽場』
最初に声をかけてきたのはサード松永、いつも通り暑苦しいまでの笑顔と声の大きさだった。
『マッツさん、まだ代わる訳やないですよ』
『分かってるよー木田ちゃん。励ましてるんだろー?』
『ったく……羽場ちゃん、制球が悪くなってきたな?』
キャッチャー木田の問いに、羽場は返事の代わりに自らの右手を一瞥して、
『……球威はまだあるって事だろ?』
『そうやな、さっきのは乃村が上手かっただけで、まだ羽場ちゃんのボールは水美には捉えられてへん。とにかく真ん中より下を狙って投げ込んできぃや』
『……』
『羽場ちゃんよ、こういう時に全力出すもんやで』
『俺はいつも全力だ』
『だから、全力の出しどころが分かってるのがエースなんやろうに』
『それが今だって事か?』
そうや、と木田は即答し、ミットを羽場の胸に押し当ててくる。
『羽場ちゃんが常に本気なのは知っとるけどな、勝負を分ける時に力を出して欲しいんや』
分かってる、そう言い返そうと眉間に皺を寄せたところで、伝令の二年生・見世川がマウンドにやってきた。
『せぱーい方! 秋川監督からのワードですよ。主に羽場先輩に向けて』
『……早く言ってくれ』
『あー、んんっ……この回が、ここの九人のラストイニングだ、だそうです』
見世川から伝えられた言葉を聞いて、集まった内野陣は怪訝そうな表情で互いに視線を交わす。
『……ワッツ? コールド狙いって事?』
『バカ、甲子園にコールドは無いじゃろが』
バルザの質問に空木がすぐにツッコミ、輪の中に笑いが起きる。
『どういう意味かと言いますとですね、ここが山場だって事だそうです。特に羽場先輩』
『分かってる……これでも、全力じゃなかったつもりだし』
羽場の真面目な返しに対し、横で聞いていた松永が目をしばたたかせて、
『さっき、いつも全力だって言ってたよな?』
『俺は全力が普通で、限界は超えてないだけです』
ボールを握り直し、羽場は木田の方を見る。
『……逸らすなよ』
『ハンッ、羽場ちゃんの球逸らしたの、最初にバッテリー組んだ時だけやで』
緩む木田の口元を見て、羽場も今日初めて頬を緩める。
解散後、相手の四番旗川に詰まりながらのタイムリーを打たれたものの、五番六番は打ち取りツー
アウトまでごきつけた。
「……あと一人、あと一人なら」
まだ全力でいける、ギアを上げて振り絞って投じられたボールなら、捻じ伏せられる。
七番日野に対してフルカウント、今日最後のフォークで仕留める。
そう心に決めて、腕を振り絞った羽場。
(落ちる……!)
確信するほどの精度、相手バッターは羽場の予想通りにバットを振ろうとして、直後に体を硬直さ
せた。
「ボール!」
「っ……は、」
打者の膝元の位置からガクッと落ちたフォークは、木田がミットを上手くズラしたもののストライ
クとは認定されなかった。
「……、手が出なかっただけだ」
相手ベンチから「よく見た!」「見えてる見えてる!」と言った声援が聞こえてきて、羽場は思わ
ず口を尖らせる。
次のバッターは今日不調の左打者だった筈、と思ったところで相手ベンチに動きがあった。
水美の監督が審判に対して何かを告げた後、ウグイス嬢の声が球場に流れた。
『水美高校、選手の交代をお知らせいたします。バッター、葵田君に代わりまして、中光君』
コールされたのは背番号十七の右バッター、名前はミーティングで聞いている、秋の地方大会も全
て代打で出場していた選手だ。
その上で、羽場はあえて吐き捨てる。
「……誰だよ、お前」




