二年目 春 ー16
続く矢内をファーストライナーで打ち取り、三者凡退で五回裏を切り抜けた水美高校。
七番日野が三振に倒れた後、八番バッターの葵田は羽場のストレートの球威に圧され、ショートの前に転がすのがやっとだった。
「ワッツ!? 何やってる!」
が、相手の一塁手バルザが突然声を上げ、ベースから足を離すのを見て、葵田はハッとする。
(送球が逸れたのか……!?)
チャンスとばかりに足を走らせる葵田は、次の瞬間バルザの巨体が眼前に移動してきた事に気付いた。
「うっぷ!?」
逸れたボールを拾おうとしたバルザが進路上に現れ、回避出来ずに左肩口からぶつかってしまう。
「セーフセーフ!」
それでもグラブには偶然触れられず、セーフで出塁となった葵田は左腕を抑えて苦悶に顔をゆがめる。
「葵田! 大丈夫か?」
「っ……平気っすよ。あの人、体やおかったし」
「悪い、うちのショートのせいで」
コーチの両島と一塁のバルザがそれぞれ気遣いの声をかけてくる。
その後、審判にも問題ないとアピールしてから試合が再開され、臣川の送りバントで二塁へ進む葵田。
(くそ、左側の脇の痛みが引かない……せっかく得点圏まで進んでるのに!)
走塁に影響が出てたまるかと、強がっていたがる仕草をしないように努める葵田。
ツーアウト二塁の場面で、右バッターボックスには鉄山、水美応援団の集まる三塁側スタンドからの拍手とメガホンを叩く音が大きくなり、ブラスバンドが応援歌を轟かせる。
(浅い当たりでも、三塁回ってやる……!)
葵田がそう心に決めた直後、バッター鉄山は初球のフォークがやや甘めに入ったところを、上手く掬って打ち返した。
金属音がなると同時に、打球はセンター前へライナーで飛んでいく。
「よぉっし!」
弾道や角度から抜けたと瞬時に判断して声が漏れる葵田、一気に加速して三塁ベースを蹴る勢いで走る。
「先輩回って!」
「分かってるっての!」
三塁コーチャー塩屋が腕を回すのを横目に、ホームへ向けてとにかく脚を動かす。
懐の痛みが激しく主張してくるが、口を紡いで必死に耐える。
(よし、これで……!)
得点だ、そう思った直後、見えてきたのは次のバッター上和の叫び声だった。
「さっさと滑りこめ! 来てんぞー!」
「は……?」
一瞬よく理解できなかった先輩の言葉。
その直後、葵田は球場内の歓声がどよめきに変わり、何かが迫ってくる気配を感じ取る。
(返球……!? くそっ!)
キャッチャーの後ろ側から回り込むように頭から滑り込む葵田。
「ぎっ……!」
しかし懐の痛みが増し、僅かにだが突入を躊躇ってしまった。
ホームベースに手が届くのとほぼ同じ瞬間、相手キャッチャーのミットが肩口に触れてくる。
「ぐぅっ!?」
大きく砂埃を巻き上げて、葵田はホームベースに手を掠めながらスライディング。
「……アウトーッ!」
アンパイアの判定は無情にもこの回三つ目のアウトを告げるものとなり、球場全体が轟くような歓声に包まれる。
「~~っ、あーくそっ!」
うつ伏せのまま、思わず拳で一度グラウンドを叩きつけて悔しさを露わにする葵田。
「……どこか痛めたか?」
「っ……すいません、セーフになれると思ったんすけど」
上和に腕を引いて起こされた葵田は、それでも悔しさを顔に滲ませながらベンチへ戻る。
「んぁ~、球ぶつけられたのが効いたか?」
「いや……大丈夫っす! 滑り込みが上手く出来なかったのが腹立って……」
「そうかい、まぁちゃんと休んどけ。塩屋の判断もお前の走塁も悪うは無かったわい」
野間笠は肩を一度叩くだけで、クロスプレーに特に言及する事はなかった。
「ナイスガッツ葵田!」
「送球がたまたま良かっただけだって!」
チームメイトの励ましに笑顔を作って応えるも、ベンチに座った葵田の心は荒れたままだ。
(プレーに出来ないほど痛い訳じゃない、だから余計に……っ)
「……っ」
グラブを手に立ち上がった葵田は、視界の端に映る中光の姿に思わず息を呑む。
特に声をかけてくるでもなく、しかしこちらの様子を確実に確認しているのは、おそらく気付いているのだろう。
葵田が体を痛めているという事に。
「……おぉっし!」
両膝を叩いて気合を入れると、葵田は走ってベンチから飛び出す。
(あんたの出番はあるかもしれないけど、俺が決める事じゃない……!)
痛む腹部に触れるどころか視線すら向けず、平然を装って守備位置へと向かう葵田。
彼を動かしている感情は下げられるかもしれないという焦りと、まだグラウンドに立っていたいという意地であった。




