二年目 春 ー15
(くそ、思ったより、指が疲れてきた……)
ワンアウトランナー無しの場面で右打席に入ったのは、筑紫の九番でありエースの羽場。
剛速球と落差のあるフォークを武器にここまで無失点ピッチングを続けてきたが、彼の内心は決して快いものではなかった。
予想よりも球数が増し、疲労の蓄積が感じ取れる。
(監督の事だ、百球前で変える筈。一回戦は一人で投げる予定だったのに)
九州筑紫学院は野球の強豪、当然ながら部員も多く、投手陣も豊富だ。
加えて監督は分業思考のため、余程省エネなピッチングをしない限り、完投はさせる事はない。
「ふんっ!」
追い込まれてから四球目、羽場のバットは僅かに球を掠め、ファールになる。
ベンチからの指示は特にない、だが基本的に投手に安打を求められていないのを、羽場は理解していた。
「……っ!」
しかし羽場は五球目のストレートを、出来る限りの力でフルスイングして打ちにいく。
打球は強く叩きつけられ、ボテボテの当たりでピッチャー臣川の横へ。
「うおおお!」
全力疾走するものの、僅かに送球の方が勝ってアウトとなり、羽場はベンチへ戻っていく。
「羽場、まだ中盤だぞ。無駄にスタミナ使うなよ」
足を組んで座っていた監督の秋川が、首を傾げながら羽場に注意を飛ばす。
「はい、大丈夫です」
短く答える羽場は、投球に備えるべくグラブを嵌めて肩を作るべくグラウンドへ戻る。
「……打つと思ったわ」
いつの間にか隣に並んで小さく呟いたのはキャッチャーの木田。
メットから覗くくらいに伸びた後ろ髪が特徴的な小柄な選手で、羽場とは一年の時からバッテリーを組んできた相手だ。
「次が何も考えずに打つヤナなんだから、出塁した方が良いと思うんだけど?」
「あほ、羽場ちゃんの体力を心配してるんやろう。監督は」
「塁にいるくらいで疲れないって、春だし」
「そういう問題かい……代えられるぞ、多分」
秋川監督はピッチャーに球を多くは投げさせない、それは部員全員が分かりきっている。
それでも、羽場には球数を抑えるためのペース配分を考えるつもりはなかった。
「全力でやんないと、勝てないだろ」
「真面目過ぎやって、羽場ちゃんプロ目指してんやろ? そんなんじゃ潰れるで」
「……プロに入る事に必死だよ、俺は」
生まれつき負けず嫌いの性格だからこそ、今まで野球を続けてこれた。
高校に上がるまでは大した成績も残せていなかったが、その分この学院で練習に励んでエースナンバーを得るまでに急成長出来た。
気を抜けば、各地で名を挙げた部員達にポジションを奪われる。
羽場にとって、常に全力で投げる事が、この強豪野球部の中で生き残る唯一の方法であった。




