二年目 春 ー14
「なんて言ったんですか? 先輩」
ベンチに戻って早々、マネージャーの円山が興味深そうに尋ねてきて、雄一は顔をしかめる。
「なんで楽しそうなんだよ……気合入れろって言っただけだ」
「ほぉ、にしては怒ってたようじゃがのぉ」
口を挟んできたのは、グラウンドから視線を逸らさないままの野間笠。
「いつもの事だと思いますけど」
「ええわい、いつも通りの臣川なら」
監督の言う通り、臣川はいつも不機嫌そうにピッチングをするが、それは勝負に対する強い意識のせいだ。
臣川に発破をかけてこい、ベンチから出る前に監督が雄一にかけた言葉はそんなものであった。
(役目は果たせたのか……?)
伝令なんて一年生の時に数回やらされて以降は、任せられる事はなかった。
おそらく、雄一の口下手とマイナス思考な性格のせいだろう。
そんな雄一に、この甲子園で、この場面で監督が伝令を任せた理由は。
マウンドに辿り着くまでにそれを考えていたが、結局分からなかった。
ただ一つ、自分より口が悪く面倒なくらいに勝気の臣川が、対戦相手にビビっていてはならない。
だから、彼がカッとなるような言葉を考えて、伝えたのだった。
「……抑えてくれよ、臣川
雄一が心の中でそう願った直後であった。
臣川が投じた初球の、唸りを上げるようなストレートを相手打者の川田が打ち返す。
しかし響いた金属音は鈍いもので、打球はワンバウンドしてからマウンド方向へ飛び、そして臣川の体の正面に出されたグラブが受け止める。
「ホーム!」
歓声と応援歌に混じって響く乃村の叫びに反応するように、臣川は素早く豪快な動きでバックホームを選ぶ。
剛速球と化した返球を乃村はミットで受け止めると同時、無駄のない動きで身体を捻って一塁めがけて球をスローイングした。
「アウトォ!」
バッターランナー川田が一塁に到達するよりも早く、送球は彼の肩口の傍を通過してファースト旗川に受け止められられた。
筑紫側の大チャンスが一瞬で無くなり、球場内が大きな溜め息に包まれた。
「やったやった! すごいですよ、先輩! 先輩!」
「いたっ、いたたっ! 選手の肩叩くな!」
興奮する円山の手を掴みながら、雄一はベンチに引き上げてくる臣川に目をやる。
「さすがだね! オミ」
「うるせぇ! 当たり前だろ!」
臣川は興奮し切った様子で雄たけびを上げており、あっさりと普段の生意気な性格に戻っていたようだった。
「おい中光!」
「ん、あ? なんだよ」
「お前が投げたら打たれてただろ、今の!」
「あー……そうかもな」
「ハッ!」
一際大きく鼻で笑われた後で、わざわざベンチの奥まできて雄一の左肩を叩いてから、再び肩を冷まさないためにベンチの外へ飛び出ていく臣川。
「だから、肩を叩くなっての……」
その喜んでいるのか怒っているのか分からないエースの様子に、他の部員達は揃って笑いを起こさずにはいられないようだった。
「え、何かあったんです? 先輩」
「知らねぇよ」
伝令の詳細を知らない外野の葵田の問いを、肩を竦めて聞き流す雄一。
「雄一にしては、良い檄だったと思うよ」
溜め息をついたところに声をかけてきたのは、やはり乃村だった。
「ん、ん……代打の方で、俺は出たいんだけどな」
「そうだね、でも、まだだと思うよ。雄一が出るための場面は、僕達が作るから」
そう口にした乃村の視線の先は、グラウンドのマウンド。
未だに無失点ピッチングを続ける相手の先発、羽場を見据えていた。
「……もどかしいな」
伝令としてグラウンドに足を踏み入れた時に感じた、大気を震わすような大歓声と肌がヒリつくような熱気。
選手として、打者として、自分があの興奮の中に立つ事が出来るだろうか。
不安と焦燥に心を濁らせながら、雄一は戦況を眺め続ける。




