二年目 春 ー13
「おい、何しにきた。中光」
マウンドに近づいた雄一は、いきなり臣川に不快そうな顔でそんな言葉をかけられた。
「分かってるだろ、伝令に来たんだよ」
「雄一が伝令なんて珍しいね、僕もちょっと驚いたよ」
マスクを外しながら苦笑する乃村と、他の内野陣を続けて一瞥した後で、雄一は溜め息をつく。
「大した指示はないってよ。守備は乱れてないしサインの再確認をすればいいって監督が言ってた。あと臣川にはもう一つ」
「なんだ」
「……そんな打たれるのが怖いなら、俺が投げた方が良いか?」
一拍置いて口にした雄一の言葉は、マウンド周辺の空気が瞬く間に凍り付かせた。
「はぁっ!? てめぇ、バカにしてんのか!?」
激昂したのは臣川、思わず掴みかかろうとするほどの剣幕だった。
「っ、あっははは! 雄一、そのジョーク最高だね!」
「お前のヘロヘロボールで抑えられると思ってんのかよ!」
続けて声を上げたのは乃村と慶野、雄一があまり肩に自信がない事を知っていての発言だった。
「笑いごとじゃねえよ、お前等!」
「笑い事だろ、お前、雄一にハッパかけられるくらい心配されてんだぞ?」
「さすがに、舐められてるっスよ」
怒る臣川とは対照的に、サードの西沢とセカンドの鉄山もまた苦笑を浮かべる。
「……雄一、良い根性だと思う。でもまだお前の出番じゃないぞ」
キャプテンの旗川までが肩を竦めながらそう話したところで、臣川は諦めたように怒りの色を顔から失った。
「はぁ……もう喋るな、俺が打たれたのが悪いって言え」
「悪いなんて思ってない、ただ、ヤケになって投げてるようには見えたかも、な」
雄一がそう言うと臣川はひと睨みを利かせてきて、そしてロジンバックを拾い上げ、勢いよく叩きつける。
「お前も、お前等も、さっさと散れ! これ以上、恥かかせるな、恥かかせないように投げてやっからよ」
臣川がグラブをした左手を振って吐き捨てる姿を見て、内野陣達も肩をすくめながらそれぞれのポジションに戻っていく。
「……頼むな」
伝えるべき事を伝えきった雄一は、少しどもりながらもそう言ってから、ベンチへと小走りで戻る。
「……当たり前だ」
最後に臣川が呟いた言葉は殆ど聞き取れなかったが、普段のふてぶてしさが戻ってきている事だけは感じ取れたのだった。




