二年目 春 -1
一晩かけて高速道路を走り続けてきたバスの一団は、朝方になって目的地である甲子園球場の前に到着した。
「エリナ、起きるよ」
「んん~?ねむぅ……」
隣の席で目をこするエリナの肩を揺すってお越しながら、早希はカーテンの隙間から窓の外を垣間見る。
「でか……」
「ん~? 何見てんの」
「目的地よ、このバスの」
朝の日差しに照らされる、コンクリート造りの外壁。
朝早くだというのに周囲は大勢の人で溢れ、窓越しからでも異様な空気が感じられる。
「すっご、もうこんなに人がいるんだ」
「すごいね~、学生の野球そんな好きなんだ日本人」
教師に先導され、水美高校の生徒達は眠い目を擦りながら甲子園の中へと入っていく。
「んっ……わ」
体の正面に吹き付けてくる生ぬるい風に目を瞑った後、早希は視界に飛び込んできた景色に息を呑む。
国内でも最大級の広さを持つ、土と芝が敷き詰められたグラウンド、五万人近くの収容人数を誇る全方位に備えられた客席、そしてバックスクリーンの向こうにそびえ立つ電光掲示板とスコアボード、春風にたなびく旗。
野球に関心がなくともテレビで一度は見た事のある、日本の高校野球の聖地と呼ばれるスタジアム。
甲子園と呼ばれる特殊で特別な空間が、彼女の前にあった。
「うおわ~すっご、陸上の競技場よりデカイんじゃない~?」
「えっと席は……エリナ突っ立ってたら危ないよ」
列の流れを止めないように、傾斜にバランスを崩さないように進む早希達。
「はーいメガホンちゃんと準備してよー」
「歌詞と選手書いた紙、持ってない人いるー?」
応援団の先輩達の大声も、周りの観客達の賑やかさに呑み込まれていく。
「ここが……」
春のセンバツ、高校野球の全国大会。
水美野球部が駒を進めた、一生に二度とない、今のメンバーで望む夢の舞台であった。




