秋 - 54
「サエ……同い年で全国レベルの選手は出ないような、本当に小さい記録会だったんですけど、そこで自己新が出て、全体でも六位になれたんです」
「すげぇ……じゃんか」
「私にとってベストのタイムでした、勿論嬉しかったです。でも……」
そこで言葉を止めて、早希は視線を足元へ落とす。
「なんだよ」
「差を実感したっていうか、これでまだ、このタイムなんだって思って」
短距離走ではタイムが表示され、相手との時間の差が相手との実力差と言っても良い。
「良い事、じゃないのか?」
「良い事、ですよ。でも、遠いんです、その距離って。だから、満足したらダメなんだって思ったんです。文化祭の時の先輩ほど落ち込んではないですよ」
「っ……あんま言うなって、悪かったっての」
「ふふっ……結局追いかけるだけなんだって、近道はないんだなって思ったんです。目標に追い付くには、天才じゃないですから、私は」
数歩先を行く彼女の後ろ姿は、どこか明るい感情が滲み出ているように見えた。
「……そうだな、俺も」
「先輩は天才側に近いと思いますけど?」
くるりと身を翻して早希は首を傾げる。
「ちげぇよ」
「どうですかね、卑屈って聞かされてる人には嫌味に感じるんですよ?」
「え、そうか?」
「そうですよ」
そう言うと早希は早足で先に進み、
「人って小さい事で、気持ちが変わるものなんですから」
そう言い残すと、軽く会釈してから立ち去っていった。
「あ、おい……なんだよそれ」
置いてきぼりにされた雄一は、しかし追いかける事はしなかった。
秋から冬に変わった間に、自分も彼女も悩んでもがいた。
その事実が前進の象徴であり、自信となっている。
「励ましてもらいたかっただけか、俺は」
ガキだなと吐き捨てて、雄一は止めていた足を再び進め、帰路へとついた。
そして年が明けた1月、水美野球部の面々は普段滅多に立ち寄らない職員室に、ユニフォーム姿で勢揃いしていた。
「はい……はい……ありがとうございます」
数人のマスコミ関係者にカメラを向けられていた校長が短い電話を終えると、長い間を置いて野球部員達に向き直り、静かに口を開く。
「おめでとう、センバツ出場決定だ」
「うおおおおおおっしゃあああああああああああ!!!」
男子達の叫び声で職員室が揺れ、水美高校野球部に久方ぶりの朗報が舞い込んだ瞬間が訪れた。




