秋 - 53
「もしかすると、もしかするんですよね?」
冷たいエナジードリンクの缶を指先で掴んだまま、早希が歩きながらそう尋ねてきた。
「何がだよ」
「甲子園、よく分からないですけど、枠に入れそうって、円山さんが言ってましたよ」
「またあいつか……」
水美高校野球部は、秋の地区大会は準決勝で敗退となった。
水美の所属する地区の春の選抜大会出場枠は2・5、つまり成績上位2チームもしくは3チームであり、0・5は他の地区のチームとの成績を比較して決められる事となっている。
「……完常様々だ、あいつら神宮大会まで勝ちやがって、ラッキーだよ俺達は」
準決勝で戦い敗れた相手、完常。
好投手新田擁する彼等は地区優勝を果たすと、各地区の優勝校がトーナメントで競いあう神宮大会も勝ち上がり、優勝してしまった。
神宮大会優勝校は無条件で春の選抜に出場出来る権利が与えられるが、それは同時に完常の所属する地区の選抜出場枠が一つ空く事となる。
「あの大阪利巧社に競り勝った完常と接戦をした学校って事で、ちょっと話題になったらしいぞ」「知ってます、トレンドにうちの学校の名前が出たってクラスで話題になった時期がありまし
たから」流行に敏感な学生にとって、ネットで有名になったのはテンションが上がる出来事だったらしく、教師達の間にも俄に来年春への期待が高まってきているという。
「……文化祭で」
「はい?」
「文化祭で鈴浪にハッパかけられて、部活の後輩にも変に意識されて、意地になったけど大して活躍は出来なかった。それでも、八月の頃に比べたらまともな選手になれたと思う」
「……冷やかしですか?」
「なんでだよ、鈴浪のお陰だって言ってんだよ」
「卑屈過ぎて嫌味に聞こえるんですよ、先輩の喋りは」
「……」
葵田に嫌がられる理由はもしかして、鈴浪に指摘されたそれなのだろうか。
溜め息をついて雄一は話題を戻す。
「そっちだって、新人戦で勝ったって聞いたぞ?」
「やっぱり円山さんからですか?」
「ん、あぁ……」
「もう勝手に……」
周囲を見渡すような仕草を見せてから、早希は話を続ける。




