秋 - 49
「おい野賀!」
新田の呼び掛けを無視して野賀は新たな守備位置であるレフトへと早足で向かっていく。
その後ろ姿からは悔しさや怒りといった激情が滲み出ており、変わってマウンドに上がった新田はそれを一瞥して苦笑いを浮かべる。
「なんね、なんで怒っとると?」
「分からないのかよ、お前がそこに立ってるからだよ」
「そらあ監督がそういうオーダー出したからっちゃよ」
「そういうとこだよ、お前が敵を作るのは」
はあ? と首を傾げる新田に梅谷が呆れるように手を翻す。
「その調子でお前らしく投げろ。変に考えないで、力技でな」
「はーん、言われなくても当たり前っちゃ!」
新田はうざいくらいの笑顔を浮かべてマウンドに上がり、ボールを受けとる。
再登板したエースに、ナインから激励の大声が飛び交う。
「ま、あんたとは対決してみたかったっちゃよ。野賀の変化球に完璧に合わせてきたあんたとのう」
新田が見据える先には右打者中光雄一、この先頭バッターを出すか出さないかで、試合の流れは全く変わってくる。
(逃げの球だけはしちゃダメったい、やるなら全力っ!)
投じられた一球目、渾身のストレートに中光は鋭いスイングで応えたが、バットは音を立てて空を切る。
「おぉっしゃ!」
このまま押し切る、小細工はいらない。
新田は自信以外の感情を忘れ、ただひたすらに全力投球だけを考えて、球を投じる。
「うぉっふ!」
高めの釣り球に雄一はバットを引いて耐え、雄一はマウンド上の新田に視線を向ける。
(くそっ、パワーだけで投げやがって)
球種やコースの予測をする暇さえ与えない、新田の豪速球に雄一は見極めるので精一杯だった。
先程の野賀の球と正反対の球、一度マウンドを降りて休めた分、力も幾分回復しており威力は抜群だった。
「ファールっ!」
外角低めの真っ直ぐに合わせるも一塁方向へのファール、早くも追い込まれてしまった。
(後輩に発破かけられて、あたふたしたまま……っ)
思考が巡る頭を、しかし雄一は一度打席から出る事でリセットする。
(馬鹿、後輩がとかじゃないだろ……俺が出来る事だけ考えて……それ以外はその後だ!)
何を考えても気負っても、一打席は一打席。結果を出すだけが、今の雄一の役目だ。
集中力を研ぎ澄ませ、雄一は二球続けて投じられたフォークにかろうじてバットを当て、後方へバウンドさせる。
(あの真っ直ぐの後の落差はキツい……っ!)
冷静さを保ち、次に来る球とコースに脳内で目星をつけようとする雄一。
試合前、試合中、いつ打席に立っても良いようにベンチから相手ピッチャーを見つめ、球種や傾向を考えてきた。
小細工する余地はない、極限状態の頭の中で球を打ち返すために出来る努力全てを考え、実行するだけだ。
(打つだけで、先輩面してきたんだろ!)
ストレートの力押しか、読んだ上でのフォークか、タイミングを外すカーブか。
思考を腕全体に繋げるような錯覚、何が来ても対応してやる。
そう腹を括って迎えた次の球は、
「はっ、?」
この試合で一度も見たことのない球速で、彼が投げた中で一番中途半端な動きをする、新しい球種だった。




