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春 - 15

「……当たったんだが、いるか?」

「……いえ」

 拒否しようとしたものの、ぎこちなさにむず痒くなって、部活の疲れで乾いた喉が欲しているのもあって、早希は渋々(?)彼の申し出に従う事にした。

「……先輩の名前って、なんでしたっけ」

「……中光。そっちは?」

「鈴浪です。同じ学年の別クラスで見かけなかったから勝手に先輩扱いしてましたけど、やっぱそうだったんですね」

「あぁ、2年だ。んじゃそっちは1年か」

 はい、と答えながら早希は自販機の前へと近づく。並んでいるラインナップから、500ミリリットル容量のスポーツドリンクを選ぶ。

「そんなの、部活でいくらでも飲んでるだろ」

「スポーツした後の水分補給です。先輩のその体に良い成分の入ってなさそうなエナジードリンクよりよっぽど有益です」

 中光と名乗った先輩の手にしているのは目がチカチカするようなメタリックなデザインの炭酸飲料の缶だ。最近CMで見かける、海外の飲料らしい。早希は炭酸は好まないため味は分からないが、不健康そうな甘味だという話はエリナから聞いている。

「プライベートぐらい何飲んでもいいだろ」

「悪いとはいってません」

 何だろうか、普通に話そうとしてもいちいち棘のある言葉になってしまう、お互いに。

「…なん、ていうか、この前は変に突っかかってすいませんでした」

 とりあえず、謝っておく事にした。何事も平穏無事が一番、早希は目を合わせぬまま軽く頭を下げる。

「いや、俺も嫌みな感じだった、悪かったよ」

 先輩もまた、バツの悪そうな顔で謝り返してくる。

「……」

「……」

 話す事がなくなって、再び沈黙が流れ出す。

 元々会話は得意じゃないし、彼とは共通の話題があるとも思えず、黙々とスポーツドリンクに口をつける。

「……三打席」

「はい?」

 ポツリと先輩がよく分からない単語を呟いて、早希は首を傾げる。

「今日の試合で、俺が相手ピッチャーからヒットを打つのに必要な打席の数だ」「はぁ、それが……?」

 野球は知らない早希だが、三打席が三回打席に立つという意味ぐらいは分かる。

 疑問符が頭に浮かんだのは、なぜこのタイミングでそれを伝えてきたかだ。「お前言ってただろ。野球は三回打てなくても一回打てれば良い、みたいな事」「あ、まあ……」

 あの時は、短距離走がただ走るだけだという風に言われた気がして、自分も意地悪い返しをしてしまった。

「気にしてたんですね」

「うるせえよ」

 それをまともに受け取られていた事が少し意外で、早希は口元に苦笑を浮かべる。

 聞くと、この中光という先輩は今日練習試合にスタメンで出場したらしい。しかし結果は三打席無安打、簡単に言うなら活躍出来なかったという事だ。

「三打席目は惜しかったんだがな」

「自分から言い出して、言い訳ですか?」

「は、ちげえよ。まあ、あんたの煽りでカッとなってたのかもしれねえけど」

 無愛想な見た目の割に引き摺るタイプなのかもしれないと、早希は表情を変えないまま思った。

「……そっちは、部活は?」

「別に普通です。私は今日は単にトレーニングの連続なだけだったんですけど……」

 先輩から言われた事を気にしてはなかったです 自分も、練習の最中に先輩の言葉が頭の中に出てきたとはなんとなく言えなかったし言いたくなかった。なので早希は軽く嘘をつく。

 気にしてると思われたくなかったからだ。「そうか」

「はい」

 駄目だ、会話が続かない。

 エリナのように喋るのが趣味の人間な訳ではない、なら最初から先輩などスルーして立ち去れば良かったというのに、自らの行動を恨む早希。

「まあ、良い機会だったのかもしれないし」

 そこへ唐突に、中光先輩がまた声を発する。

「え?なんでですか?」

「ん、なんていうか、嫌でもやる気にさせられたなって感じだったからな」

 彼の言っている意味が一瞬分からず、無言のままの早希。

「いやだからその、お前にあんな事言われたから、ムキになって試合出来たっていうか」

「……いつもはムキになってやってないんですか?」

「ないな」

 即答だった。

 それから早希は多少驚いて、

「ないって……やる気なくて野球やってるんですか」

「そういうんじゃねえけど……まあ、打てなくて悔しかったのは久しぶりだったしな」

 当然のように放たれる彼の言葉に、早希ははぁとばかり返事するだけだった。「……まあ、そんな感じだ。それじゃ」

 言いたい事だけ言い終えたように、中光先輩は飲み終えた炭酸飲料の缶を自販機横のゴミ箱へ捨て、のっそのっそと足を滑らすようにしてその場から去っていく。

「……やる気がないのに部活はやってるの? あの人」

 理解出来ない人だ、なんであんな人にこの前わざわざ声をかけたんだろうと自問自答しようとして、それも面倒になってスポーツドリンクを一口含みながら、早希は先輩の姿が見えなくなってから、家に向かって歩き出した。

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