秋 - 26
「おっしゃ! きたぁ!」
勝ち越しのランナーが出て、葵田はネクストバッターズサークル上で大声を上げる。
(っし、繋いでやる……!)
打席に入り、ピッチャー万戸を見据える葵田。
ランナーは一塁、送りバントが定石だが、次のバッターはピッチャーの臣川だ。
状況によっては強行策はあるかもしれない、とにかく自分のプレーが勝負を分けるこの場面、燃えずにはいられなかった。
サインはバント、セオリー通りだ。
(三塁側に、出来ればセーフティになれば……)
そんな思いを巡らせる葵田に対し、一球目が投じられる。
「あっ」
そのボールは、今まで万戸が投げていたものと比べるとコースは甘く球威も皆無、言ってみれば、完全な失投であった。
「うあっ……らあっ!」
気付いた瞬間、葵田は短く持っていたバットを思い切り振り抜いていた。
「ファール!」
僅かに振り遅れ三塁側へ切れるファールとなったが、打球の勢いは鋭く、ベンチやスタンドからはどよめきが起きる。
「はぁ、くそっ!」
仕留め損ねた事に苛立つ葵田、しかしベンチの方に視線をやった瞬間、彼の表情は悔しさから唖然へと変わった。
「はっ?」
なぜなら、まだ自分の打席が終わっていないにも関わらず、監督がベンチを出て審判に選手交代の指示を出そうとしていたからだ。
「審判、バッター交代しますわ」
「はっ、な、どういう……!?」
思わず詰めよってしまう葵田に、監督野間笠は渋い顔を浮かべて、
「分からんのか、お前」
「は……!?」
「誰が打て言うたんや」
下がれと、目で指示され、葵田はさらに放とうとした反論を喉に押し留める。
そして悔しさに顔を歪めながら、ベンチへと足を進める。
「っ」
そこで、葵田は一人の部員が既に金属バットを片手にこちらへと向かってくる姿を発見する。
「……なんで、だよ」
葵田の代打として出てきたのは、葵田がレギュラーを奪った筈の先輩、中光雄一であった。




