秋 - 24
「さすがアカさんやし」
打席に入りながら、万戸はチームの四番を小声で称賛する。
(疲れるからフルスイングしたくないんやけど、そうも言ってられないし)
試合は一点を争う展開、相手ピッチャー臣川の前にろくにヒットも打てなかった中でようやく訪れた得点のチャンス、ものにしなければ勝つ事など出来ないだろう。
(真っ直ぐで押さえたい、俺もそうやから分かってるし)
ヤマを張り、初球からスイングしにいく万戸だが、裏を掻いたようにボールは縦に落ちるフォークで、豪快に空振りしてしまう。
「ん~あ、くそ」
タイプの似た速球派、考える事も同じという訳なのだろう。
二球目は外に外されてからの三球目、今度はインコースにボールが投じられた。
「ぎぃっ!」
ストレートに対しフルスイングで応える万戸、打球は何度かバウンドしながら一塁線へのファールとなる。
(ふぅ~、失投が来ないし)
試合終盤だが、臣川の球に衰えは感じられない。
今日は特に調子が良いようだ。
(そっちも久しぶりに甲子園出たくてしょうがないんやろうし、けどうちは夏出たから余計想いは強いんやし)
万戸は甲子園のマウンドを踏んだ、そして戦った。
あの狂ったほどに熱く燃える試合の感覚は忘れる事など出来ない、もう一度あの舞台を渇望する気持ちは、甲子園を経験した者にしか分からないだろう。
「ぐっ!」
ボールに食らいつくも、フェアゾーンに打球は飛ばない。
(ムキになんなしって、そりゃ無理か)
選抜に出るためには最低でも地区ベストフォーに入らなければならない、そのベストフォーがかかった試合なのだ、気合いが入らない訳がない。
(俺は夏もエースだった、三年差し置いて!繰り上げで一番貰った奴に負けてられるか!)
チームを背負う覚悟ぐらい、理解している。
期待と信頼があるからこそエースナンバーを貰えた。
なら、必要なのは結果しかない。
(真っ直ぐ、真っ直ぐ……!)
全ての球に食らいつき、ファールで凌ぐ万戸。
とにかくフェアになればいい、二塁の赤村が帰ればこの試合は勝てる。
今の万戸を突き動かすのはその意志のみであった。
「うらああっ!」
そして迎えた十球目、僅かに内側に入ってきた真っ直ぐを万戸は逃さず引っ張り打った。
「落ちろぉーっ!」
叫ぶ万戸の声に応えるように、打球はぐんぐん伸びてライト方向へ。
ランナー赤村はホームに向かい、万戸も一塁ベースを駆け抜けながら、待ちきれずに片腕を掲げようとするが、
「アウトーっ!」
虚しくも、一塁塁審のコールがこの回の攻撃終了を宣言するのだった。
「だぁぁぁぁくそっ!」
思わずヘルメットを地面に投げつけそうになるのを、すんでのところで踏みとどまる万斗。
ここで乱れてしまっては、エースとしての威厳が崩れてしまう。
それを相手に気取られる事も、味方に悟られる事も、勝利を得るには絶対に避けなくてはならない。
エースとしての意地が、万斗の心に溢れる悔しさを押し殺させるのであった。




